□第六夜 青銅のリベリオン
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6-4 静動の反逆(3/3)
瞬間、時が凍てつく。
虚空に走る光の筋が瞬く間に芒星を描いて、喚起されるは無尽にすら思えるほどの火と熱と、力の奔流。
咄嗟に獣頭の騎士はその腕を振るう。
神経が逆立って、生存本能が雄叫びを上げる。全神経、全筋力が一つ所に集まるような錯覚。殺せ、逃げろ、壊せ、避けろ。野性が理性を凌駕する。
咆哮。閃光。そして戦慄。
渦巻く炎熱は消失するように収束し、代わり、芒星の魔法陣から生まれ落ちた混沌の火種が小さく弱く瞬いて、儚げに燃える。見るからに頼りなく、見るからに不格好で……だと、いうのに、
「オ……オオオオォーー!!」
喉が張り裂けんばかりの絶叫は、生きろと叫ぶ魂への返答。火種ごと、魔法陣ごと、そしてこの小さな魔王の化身ごと、できるなら今、この瞬間、我が目前より消えて失くなれと、渾身の一撃が理性の制御を振り切り放たれる。
そして刹那、小さな火種は閃き弾け――炎熱と閃光、滅びと綻びの激流が荒れ狂う。
握る手綱もない、暴虐と混沌の落とし子。だからこそ、
「っ……ぐぅ……!」
避けた、のではなく、逸れた。激流は騎士の爪を砕き、腕を焼き、思わずのけ反った左半身を僅かに掠め、そのまま遥か後方の荒野へと落ちる。一瞬の静寂。そして耳をつんざく爆音。天地を繋がんばかりの火柱が空と大地を照らす。
はっ、と。我に返るように騎士は息を飲み、眼光鋭く、その足で灰の荒野を踏み締める。のけ反る体を半ば無理矢理に前へと引き戻し、健在な右腕に力を込める。
見据えるのは眼前のそれ。激流の射手。淡い光の粒の中、宙に浮かぶその様は水面に漂う木の葉のようで。まさに精根尽き果てたといったところか。
深く息を吐く。心を鎮め、振り下ろす一撃にもはや躊躇はない。――心は決まった。
騎士の爪が風を切る。大振りの刃のその軌跡が、インプモンの小さな体を飲み込む。勢い余り、灰の荒野に突き立てられた爪が鈍い音を刻む。
沈黙。静寂。
少しを置いての問いは恐る恐ると。
「倒した、のか?」
「……邪気は消えた」
天使が問い、答えたのは鳳凰。騎士はただ小さく頷いて、荒野に突き立てた爪もそのままにゆっくりと膝をつく。
流れ落ちるは大粒の汗。焼け焦げた左腕には血が伝う。天使と鳳凰の声が遠く聞こえた。
嗚呼、これでいい。心のまま。この選択に後悔など、微塵もない――