腐男子は鈍感不良に恋をする

□腐男子と不良、ロマンチックな出会い
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「はよー、フジ。なんかのよう元気ねーな、どした?」
「何か嫌なことでもあった?」
随分と落ち込んだ様子で教室に入って来たフジに、幼馴染であるこーすけとヒラは心配そうに声を掛ける。が、フジはそれすらも聞こえていないというような様子で席に着き、ブツブツと何かを呟いている。
「…何があったのかな」
「さぁ…。ま、暫くそっとしておこうぜ」
「そうだね」
何があったのかは知らないが、取り敢えずはそっとしておこうと2人は雑談を再開させた。

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「じゃーHRはこれで終わり。解散」
教師の言葉に教室が一気に騒がしくなる。かく言うフジ、こーすけ、ヒラも、いつものように話そうとひとつの箇所に集まった。
「なぁフジ。今朝は何があったんだよ?」
集まってすぐ、開口一番にこーすけがフジに問う。どうやら気になって仕方がなかったようだ。
「ん?あぁそうそう、聞いてよ!新刊のBL本、通販で売ってるって聞いたから買おうと思ったら在庫が無くて売り切れだって!!あの作者の本すごく好きなのに!!酷くない!?」
『あー…』
フジの叫びにこーすけ達は悟りを開いたような顔でフジを見た。
フジは所謂“腐男子”というヤツで、“ボーイズラブ(略してBL)”のマンガや小説を好んで読んでいる(あくまで好きというだけで決してホモではない)。
それを知ったのは小学校の時で、好みなどは人それぞれだと思っているこーすけやヒラは、驚いたものの、離れていくことはなく、そのままのフジで良いんだと受け入れた。
それからというもの、フジの腐男子発言を毎回聞かされている(因みにこの後フジの影響か、何故かヒラまでもが腐男子となった)。
「俺、その本買えたから貸そうか?」
「え!?良いの!?」
「うん。フジのお陰で楽しみが増えたからね」
「ヒラ…。ありがとう!」
ヒラの微笑みと言葉に、フジは大袈裟なほど感動する。そんな2人を横目にイマイチ話に付いていけないこーすけは、次は何の授業だったかな、と席に戻りながら考えるのだった。

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「じゃあねー」
「じゃあな」
「うん、また明日!」
家の方向が2人とは逆なフジは、分かれ道で2人に手を振って家路につく。いつもの如く、頭の中はBL本のことで一杯で、とても浮かれていた。

だからだろうか。

いつもなら転んだらしないよう道端には注意して帰宅していた筈なのに、前から歩いてきた集団の1人の肩にうっかりぶつかってしまった。それだけなら謝れば良いのだが、ぶつかってしまったのはよりにもよってヤンキーグループの1人であった。
「す、すみませ…」
「あ?テメェどこ見て歩いたんだ!!」
謝罪の言葉を口にするフジだったが、それを遮られて相手の口から放たれるお決まりのようなセリフ。
「あ、あの、だからすみま…」
「オイ、ちょっとこいつシメようぜ」
「あぁ、良いな」
「丁度イライラしてたしなぁ」
フジは何度も謝ろうとするが、フジの言葉はヤンキーグループ達の声によって掻き消されてしまい、こちらには目もくれない。
あわあわとフジが珍しく狼狽していると、唐突に腕を強く引かれ、寂れた空き地へと連れて行かれた。

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「…ッ!」
空き地の壁に体を思いっきり叩き付けられた為、背中に広がる激しい痛みにフジは顔を顰める。
「怖いか?え?」
ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべながら自分を押さえつける男に、フジは吐き気さえ覚えた。
「助けて欲しいか?ん?そうだなぁ…」
別に助けて欲しいなどとは一言も発していないのに、自分勝手に解釈して悩むそぶりをする男。
「だったらよぉ…金、そうだな…3万くれたら逃がしてやるよ」
ニヤリ、と意地の悪い笑みを浮かべ、そう告げる男に、周りはうわーw、卑怯だなーww、と憐れみを含んだ揶揄いの声を上げる。
別に怖い訳でも、そこまでして助けて欲しい訳でもないのだが、フジとしても痛いのはなるべく御免被りたい。そのため、大人しく従うことにした。
「分かったよ…ほら…」
フジは財布から福沢諭吉を3枚取り出し、目の前の男へ差し出す。ニヤニヤと分かりやすく上機嫌な笑みを浮かべて男がそれを受け取ろうとした、その時だった。
「バッカじゃねーの?」
少し低めの、耳に心地よい涼やかな声が聞こえると同時に、金を受け取ろうとした男が福沢諭吉と共に宙を舞った。
ドサリ!という音と共に、四肢を投げ出し、鼻血を出して白眼を剥き出した、なんとも無様な状態で地面へと落とされた男。フジは男が宙を舞い、地面に落とされるまでの光景をポカン、とした顔で見ていたが、ふと目の前に人が立っているのに気付いた。

上半分はダークブラウンなのに、毛先に行くにつれて赤く染まっている不思議な髪色をしている。

ふわりと風に揺れる髪は傷んでおらず、半袖のカッターシャツから見える細い腕は雪のように透き通った白で、きっと髪が赤色なのは染めたのではなく、元々色素が薄いからなのだろう。

半袖から見える腕や、長ズボンや服に隠れていてもわかる程細い体つきに、風に飛ばされてしまうのではないか、少しの衝撃で折れてしまうのではないか、と思わず心配になる。

背は自分より高く、最低でも170cmはあるだろう。

そんな儚げな印象を持つ青年は、散った桜の花びらの如く、宙を舞いながらも下に降りてくる福沢諭吉を、優雅な、それでいて無駄のない動きで3枚とも右手に収めると、振り向きもせず後ろ手でフジに返した。
「これ、テメェのだろ。簡単にこんな大金渡すんじゃねーよ。アイツらみてーな野郎がこんな大金持つ資格なんてねーんだからよ」
金持ちだからって金を粗末にすんな、と吐き捨て、やたらと背の高い、喋り方や声的に男だろう青年は、ゆっくりと後ろに控えていた集団に近付く。途中、無様に寝そべっている男を踏んづけて。
「な、なんだテメェは!!」
「ハッ、それはこっちのセリフだ。テメェらこそなんだよ。1人相手に集団たぁ随分とまぁ器のちっせぇ事やってんなぁ?」
「ッ!!んだとゴラァ!!」
集団の中の1人が青年の言葉に逆上し、青年へ殴りかかる。が、青年はポケットに手を突っ込んだまま余裕の笑みを浮かべ、
「おせぇよ」
と言った。
ずっとその光景を見つめていたフジは、しかし今、何が起こったのか分からなかった。
少し青年がブレたと思ったら、殴りかかった奴は地に伏せていたのだ。集団たちは青年に敵わないと悟ったのだろう。地に伏せる2人の仲間を急いで担ぎ、「覚えてやがれ!」という、なんともまぁお決まりの捨て台詞を吐いて脱兎の如く逃げて行った。
「…怪我はねーか?」
そう言って振り向いた青年の顔に、フジは胸が高鳴るのを感じた。

髪なんかよりも深く紅い、血の如き深紅の瞳

驚く程整った顔立ち

着崩したカッターシャツから見える白い鎖骨

そのどれもが、ハッキリ言ってフジの好みドストライクであった。
「…おーい?」
「あ、は、はい!?」
「…大丈夫かよ?」
「あー、はい!だ、大丈夫です!」
「…なら、良いけどよ」
フジのわたわたとした様子に、若干の不安はあったものの、本人が大丈夫と言っているので渋々納得した青年は、くるりと踵を返すと、空き地を出ようと歩みを進める。フジは未だ冷めぬ興奮をそのままに、去って行く後ろ姿をじぃっと見つめ続けた。
 

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