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□始まりのエピローグ
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―――嫌だよ
ずっと一緒にいたいよ、ってミサカはミサカはお願いしてみる
―――……そォだな
俺も、ずっと一緒にいたかった
白かった。視界に映るもの全て。
それは果たして本当に白いからなのか、一方通行の瞳が色彩を認識出来ていないからなのかは定かではない。
視界も思考も神経も。全て白く塗り潰されたような世界では、指一本曲げる事すら出来ない。そんな状況下で彼は、ぼんやりと、僅かに残る白く霞みがかった意識をなぞった。
彼は打ち止めと呼ばれる少女を助ける方法を探して、ロシアに来た。
案の定、『それ』は見つかった。
『それ』の正体は魔術と呼ばれる科学とは別の法則で成り立つ異能だった。
だが、超能力者には魔術が使えない。
身体を駆け巡る拒絶反応によって深刻なダメージを受けた彼だったが、それを代償に少女は助かった。
ほっと安堵の息をついたのも束の間。今度は地上を丸ごと抉ってしまいそうな程のエネルギーの塊が、地上に向かって放たれようとしていた。
この世界はまだ、一方通行達をハッピーエンドで終わらせるつもりはなかった。
だが、彼は諦めない。どんな運命にも抗い続け、自分の手で大切な者達を守ると決めたから。もう逃げない。もう背を向けない。必ず、この手で守ってみせる。
全てあの男に気付かされた事。
満足感のような。一種の達成感にも似た、何やら温かいものに心を満たされながら。若干の笑みすら浮かべた彼は、逆鱗の証である黒翼を純白に変えて。巨大なエネルギーの塊と衝突した。そして――――。
意識はそこで、途切れている。
そこまで思い出して、彼はようやく自分が雪原の上に倒れている事を悟った。
まるで映画のような怒涛の展開に、彼は辛うじて動く表情筋を動かして呆れたように笑った。
そして、彼がこうして生きているという事は、何とか世界の危機は免れたようだ。
……最も、今この状態の彼が死後だというのであれば話は別だが。
心臓の鼓動と共に上下する胸も、呼吸する度白く変わる息も。彼がここに存在している事を確かに証明していた。
だが、
(……俺は、ここで死ぬのか)
さっきから頻りに降りつもる雪が頬に触れても、あまり冷たいと感じられない。
さらに目蓋がとても重い。一度目を閉じてしまえば、永遠に開けられないような気さえして、瞬きすら躊躇われた。
きっと自分はこのまま眠るように死んで行くのだろう。そんな妙な確信が彼の中にはあった。むしろ今まで何千人も残虐に死へと葬ってきた奴の死がこんなに安らかで良いのかと、彼は皮肉気に笑う。
死ぬのは嫌だ、と思う。
もちろん。今まで何人も殺してきたのだから、その分自分も死ぬ覚悟はできていたし、例え誰かに殺されたとしても文句は言えないだけの事をしてきた。
だから、納得はしている。
けど、
死ぬのは怖い、と思う。
今まで地獄より酷い情景を目の当たりにしてきた。死んだ方がマシだ、いっそのこと殺してくれ、と思った事もある。
それでも、『死ぬ』という事は。自分の存在が『失くなる』という事は。
とても、怖い。
いや、むしろ死ぬような目に合ってきた彼だからこそ。
死にたくない、と思い、生きたい、と強く願った。
もっと打ち止めに優しくしてやれば良かった。たまには、黄泉川や芳川を頼ったりしても良かったかもしれない。番外個体も、自分がいなくなったから処分されたりしないだろうか。まぁアイツならそんなヘマはしないか。
いつもの彼らしくないような想いが次々と浮かんでは消えた。それは、後悔、とも呼ぶのかもしれない。
あ。と、ふいに一方通行は思った。それは紛れもない、後悔の念だった。
あの男に一言くらい、礼を述べれば良かったな。
今では目を開けているのに、火花のようなものが瞳の中で瞬いて、白が黒に浸食されてきた。
そろそろか、と彼は心の中で呟いて目を閉じた。
目を閉じると、目蓋の裏側に色々なものが映る。泣きそうな顔でこちらに手を伸ばす打ち止めの姿や、悪意の篭った嘲笑でこちらを見つめる番外個体。黄泉川や芳川やあの男も出て来たし、思い出したくもない奴や、己が殺した妹達の姿も。
とても良い人生だったとは思えない、酷い人生だった。
沢山の思いを踏み躙って来たし、踏み躙られた。
こんな事、口が裂けても言えないけど。自分がそれを言うのは、きっと罪にさえなるのだろうけど。
それでも。
俺にとっちゃ、クソッタレな程幸せだったよォ
白い世界に横たわる白い少年は、口元に綺麗な弧を描いて静かに眠りについた。
それが彼、一方通行の一度目の死であり、この物語のプロローグである。
始まりのエピローグ
―これは既に終わった物語―
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