図書館

□ピンポーン正解は、Bでした。
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 夢を見ていた。

 感情移入しやすい、つまりはリアルな夢だった。
 しかしそれはやはり夢で。酷く現実離れしている映像を彼は馬鹿馬鹿しいと思いつつ、その子供のような発想がまだ自分の中にあった事を驚いていた。
 そこにいる彼は常に誰かといた。誰かと笑い合い、喧嘩したり、時に泣いて、また笑う。そんなサイクルの世界で夢の中の彼は、一生懸命笑い、泣き、怒り、そして生きていた。
 そんな自分自身を彼は素直に羨ましいと思った。
 そして、
 自分にも、いつかこんな日を笑顔で迎えたい、と。願望でさえない些細な想像を抱いては苦笑した。

 ***

 ……夢を見ていた。
 どんな内容か忘れてしまったけど、とても興味深い夢だったような気がする。
 もう一度見たいとも思ったが、何故だか同じ夢はもう二度と見れない気がして。彼は仕方なく、この緩やかな微睡みの中から抜け出した。
 目を開くとそこはベッドの上だった。寝起きでぼんやりしたままのそりと起き上がり、何かを探すように視線を彷徨わせる。

 打ち止めは何処だ。番外個体は何処だ。俺は一体、どうなったんだ。

 起き抜けの頭に様々な疑問が飛び交うが、部屋の様子を確認した時点でこれは夢だと断定し、二度寝の体勢に入った。
 寝る前まで一方通行はロシアの雪原にいた。だから目覚めた今、彼がこんな所にいるのは何があっても、絶対に可笑しかった。
 ここは、見覚えのあるこの部屋は。
 一方通行がまだ長点上機の学生だった頃、銃弾が頭に突き刺さる前までに住んでいた、八月三十一日に襲撃を受けてぐちゃぐちゃになった筈の、三一一号室だった。

 ―――外は暗くて夜も明けてない。全てを知るには、まだ早い。

 ***

 夢の無い眠りから覚めると、そこはまだ夢の中だった。
「一体どォいう事だ……」
 理解不能なこの状況に、一方通行は頭を抱え込んだ。もう一眠りしてやろうかと思ったが、残念ながら二度寝した直後ではとても寝る気はおきない。むしろ睡眠過剰摂取で体の到る所から苦情が出そうだ。というか今現在も、脳が空腹を訴えている。太陽は真上から少し西に傾いていた。
 一方通行は気怠そうな歩みで近場のファミレスに足を向けた。
 あの日と同じようにお昼の書き入れ時から外れた時刻の所為で店内は閑散としている。店員の案内をスルーして、当たり前のようにその席に着いた。
 フライドチキンと食後のコーヒーを待ちながら、頭の中でこの不可解な現状に三つの仮説を立ててみる。

 一つ目、これは夢だという可能性。
 一方通行の中ではこれが一番有力で、至極まともだった。だが、夢というのは果たして、こんなにも現実味のあるものだっただろうか。
 果たして、夢の中で空腹は感じるものだっただろうか。彼は運ばれてきたフライドチキンを頬張った。

 二つ目、何処かの誰かが彼に幻覚を見せている可能性。
 有り得ない話ではない。実際、学園都市には他人の視覚、聴覚、触覚を惑わせる事が出来る能力者が多数いる。第五位のように人間を操れる程度の能力者なら、きっと造作もない事だろう。しかし問題は、それが『何の目的』で行われているのか、という事だ。
 一方通行は自分にとって“妹達”の存在が弱点になる事を理解している。もし彼を壊す事が目的なのであれば、永遠と一方通行が妹達を虐殺していく場面を再生するだけでも十分に効果はある筈だ。
 だが、何も起こらない。
 このファミレスに来たのも、この席に座ったのも。演出として“打ち止め”が出てくる可能性を視野に入れていたからだ。だが、打ち止めは出て来ない。汚れた手を紙ナプキンで拭った。

 そして最後の三つ目だが……、はっきり言って馬鹿馬鹿しい。前記の二つとは違い、これだけはまず大前提として“有り得ない”。
 “タイムトラベル”だ、なんて。どうして思ってしまったのだろう。

 コーヒーを飲みながら、さてこれからどうしたものかと思案する。
 『どっかの誰か』さんは、この毒にも薬にもならない状況で一方通行に何を望んでいるのだろうか。

 別に美味くも不味くもないコーヒーをコップ半分程流し込んだ所で、そういえば今は何時頃だろうかと辺りを見回す。しかし、ここから見える位置に時計は見当たらず、仕方無しにポケットから携帯を取り出した。
 午後四時十一分。遅めの昼食かそれとも早めの夕食か。どっちにしろ微妙な時間帯だった。用済みの携帯をポケットに仕舞おうと思ったが、ふと違和感を見つけて思わず画面を凝視する。
「二〇××……?」
 初期設定のまま全く弄ってない簡素な文字は、明らかに今年の西暦……ではなく、昨年のを示していた。
 単なるバグなのか、それともこれも『どっかの誰か』による策略なのだろうか。
 何やら漂う不穏な影に顔を顰めながら、受信メール、送信メールを片っ端から開いていく。中には一方通行が見覚えの無い送信メールもあって、自分の携帯の筈なのに他人の物を探っているかのような不気味な印象を持った。
 やがてその中から、信じられない内容の受信メールを見つけた。

 一方通行は勢いよくソファから立ち上がった。別のテーブルの片付けをしていた店員が肩を跳ねさせて何事かと振り返る。
「金ッ! ここに置いて行く!!」
 会計をする時間すら惜しい程、切羽詰まっている一方通行は万札を一枚テーブルに叩きつけて、若干キレながら店員を睨み上げる。コーヒーも半分残っているが仕様がない。
「は、はいっ……」
 意味もなく理不尽に怒鳴られた店員は涙目になりながら、その有無を言わせない視線にコクコクと何度も首を縦に振った。 
 恐喝という名の言質を取った一方通行は直様ファミレスから飛び出した。
「あ、りがとう、ございましたぁ……?」
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