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□ピンポーン正解は、Bでした。
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 もっと、もっと早く走りたい。自然な仕草で左手を首のチョーカーへと伸ばす……が、その手は空振りに終わった。
「……ハァ?」
 ペタペタと首を触ってもそこにあるのは一方通行の骨張った細い首だけで、いつもの忌々しい首輪は何処にもなかった。……じゃあ?

 地面を蹴る足の運動量の『向き』を変更をする演算処理。八月三十一日に天井亜雄の放った銃弾が頭に突き刺さった結果、一方通行は計算能力に障害を持ってしまった。故に、それ以前までは当たり前に出来ていた能力の使用も、妹達に代理演算して貰わなければ出来ない筈、なのだが……。
「……お? おおォォ?? 何だ何だよ何なンですかァ!? 夢ってなァ何でもアリってかァ!?」
 周囲の背景が車窓から見る景色のように横滑りになった。それによくよく考えてもみれば、一方通行は自室からファミレスまで杖無しで歩いていたのだ。
「ギャハ! イイねイイね最っ高だねェ! 何処の誰だか知らねェが、面出すなら今だぞ! 俺今、最っ高に機嫌イイからァ! オプションサァビスで三秒で芸術的なオブジェに変えてやンよォ!!」
 言葉の内容はともかく、一方通行は本当に機嫌が良かった。元々誰かに頼る事が苦手な彼にとって、よりにもよって自らの“咎”である妹達に代理演算をして貰う事は、ある意味プレッシャーでしかなかった。バッテリーの容量が少ないのもあったが、彼女達に手助けして貰っている以上、下手な事、自分勝手な事に能力を使うのは躊躇われたのだ。
 だから夢の中だけとはいえ、彼に開放感を与えてくれた『どっかの誰か』に一方通行は本気で感謝を示し、敬意を以て芸術的なオブジェに変えて差し上げたかった。
 やはり能力者にとって能力とは、自身を表すアイデンティティの一つなのかもしれない。
「……っと。調子に乗り過ぎて通り過ぎるとこだった……にしても、バッテリーを気にしねェで能力使えるってなァ楽だなァ」
 幼い少年のような活き活きとした笑みを浮かべた一方通行は、その笑みを讃えたまま、廃墟と化しているビルの屋上から眼下にある研究所を見下ろした。
 そこは過去何度も通わされ、真っ赤な思い出しかない場所。

 肌寒くなってきたこの時期。
 忘れられない、けれど忘れる程に繰り返した悪夢。
 彼が一番最初にした“人殺し”。
 その記念すべき第一回目が、今日この日だった。

 人を殺した事が罪なのか。
 その罪を罪として受け入れられなかった事が罪なのか。
 人を殺す実験の誘いに乗った時からもう罪を犯していたのか。
 もはや彼の存在自体がもう罪に値していたのか。

 今となってはもう全てが真っ赤に染まって分からない。
 そして今日が、絶対能力進化《レベル6シフト》計画の記念すべき第一回目の人殺しの予定だった、が。
 数日前に送られていた、とある研究所からのメール。そこには、こう記されていた。 
                                                       ・・・・・・・・・・・・      ・・・・・
【『絶対能力進化《レベル6シフト》実験』は、同時進行していた超電磁砲の『量産型能力者《レディオノイズ》計画』を何者かによって妨害された為、当実験は無期限延期とする。】と。

 つまり、その“何者”かが、この悪魔の実験を止めたという事で。つまり、その“何者”かの活躍により一方通行は実験が出来なくなったという訳で。つまり、
「…………ハッ、何が一体どうなってやがンだ……」
 “夢の中の”一方通行は、人殺しにならなかった、という訳である。

 研究所からはモクモクと体に害が有りそうな煙が上がっていた。火の回りが早いが人の悲鳴等は聞こえない。事実上凍結した実験の研究所はお役御免って事だろう。そのお陰で命拾いしている、というのは皮肉なものだが。
 さて、こんな事をやらかしてくれた勇者は一体誰だろう、と辺りを見回すと。真下に、フェンスを挟んで向こう側の燃える研究所をただ黙って見ている少年が、一人。一方通行はその顔に見覚えがあった。
 一切の躊躇もなく屋上から飛び降りる。
「はっ? え!? 人が……」
 突然ビルの屋上から降下して来た人影に少年は驚く。だが一方通行は姿勢を崩さずに降り立った。その姿に二度驚く少年が、一言。

「あ、一方通行……?」

 目を瞬かせる彼は紛れもなく、現実の世界で一方通行を拳一つで沈めて『絶対能力進化計画』を止めた張本人だった。


「俺を知ってるって事は、やっぱりそォか……」
「あ、いや……」
 疑うように目を細める一方通行に、居心地悪そうに言い淀み、身を竦ませる無能力者の男。
「いいから俺の質問に答えろ」
「あ……う……えっと、」
「いいな、もし嘘を吐いてるのが分かったらその首跳ね飛ばすぞ」
「うぐっ…………はぁ」
 諦めたのか、肩を落として不幸だ……などとほざく男を無視して一方通行は問い掛ける。
「『絶対能力進化《レベルシフト》計画』を潰したのはオマエだな?」
「いきなり断定かよ……いや、俺はどっちかっていうと“妹達《シスターズ》”の方を止めたから……」
「どっちも同じ事だろォ。結果として実験は止まった」
 いや、まぁ、はい。と男は歯切れの悪い返事を繰り返す。
「ちなみにここに火を放ったのもオマエかァ?」
「いや、それは違う。やろうする前に突然爆発し始めて……命からがら逃げて来た」
 この男は余程嘘を吐くのが苦手なのだろう。“やってはいないがやろうとはしていた”と、自ら白状している。
                                    ・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・
「……まァ俺はどォでもいいけどな。俺が本当に聞きたいのは一つだけだ。……オマエ、この世界の事を何か知ってるンだろ?」

 驚いたように目を見開く姿に、ますます一方通行の疑念が膨らむ。
 しかし驚いたという事は、直接何か知っている又は、この男が犯人という訳では無さそうだ。どちらかと言えば、一方通行と同じ被害者なのか。だが一方通行は何も知らずにこの世界に放り出されたというのに、何故この男は知っているのか、何を知っているのか。
 聞きたい事は山程ある。その全てを今すぐに問い質したい所だが、目の前の男は何やら考え込むような仕草をしている。
「オイ、何悩ンでやがる……」
「あーちょっと待ってくれ。今、考えを纏めてるんだ」

 考えを纏める? 上手い言い訳を考えているという事か?
 しかし相手の目の前で考え込んで、しかもそれをわざわざ報告する馬鹿がいるのか? では言葉通りに受け取るとすると、この男は一方通行の登場に少しばかり混乱しているという事になる。
 つまり男は、一方通行よりも“この世界”の事を知っているにも関わらず、一方通行がいる事は知らなかった……?
 一方通行なりに推測してみるが、それはあくまでも推測でしかない。全てはこの男の証言待ちなのだ。
 若干の緊張を覚えながら、腕を組んでうんうん唸っている男の言葉を待つ。数分程考え込んだ男は、ようやく決心した面持ちで口を開いた。
「悪い。俺からも質問していいか?」
「……何だ」
 まさか質問を質問で返されるとは思わなかったが、この男なりの考えがあっての事なのだろう。そう納得して一方通行は先を促した。

「えっと、一方通行、お前は何回目のお前だ?」

「……ハ?」
 質問の意味が分からず少し眉を顰めて聞き返した。それに気付いた男は慌てた様子で訂正した。
                    ・・・・・・・        ・・・・・・・
「あ、聞き方が悪かったよな。悪い。お前は俺が倒したお前か? それとも、俺を殺したお前か?」
「…………ハァ? どォいう事だ?」
 今度こそ全く意味が分からない。質問の意図がさっぱりだ。何をどういう思考回路でそんな質問が出てくるのだろうか。
       ・・・・・・・・・
 男の、まるで一方通行が複数いるかのような言い方に戸惑いを覚える。
                 ・・・・  ・・・・・・・
「どういう事も何も……あ、そっか。俺と同じなら俺が殺したお前、って事も有り得るのか」

 うっかりしていた、とでも言いそうな軽い口調で男は付け加える。
 男の容姿も声も、確かに一方通行の知っている男と合致するのだが、一方通行は何故か、目の前の男が“そいつ”の皮を被った別の人物に思えてならなかった。
「一体テメェは……さっきから、何言ってやがンだ……?」
「何って……」
 警戒するように体を強張らせる一方通行に、男は心底不思議そうに、別に何でも無いような顔で言った。
 まるで、それがただ一つの真実だと言わんばかりに。

「お前、未来から来たんだろ?」
 違うのか?

「…………ハイ?」


 ピンポーン正解は、Bでした。


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