5周年更新予告作品試し読み

□@-NiGHTMARE:DiTHERiNG-
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◆T:晴天の朝に


 ベリアルヴァンデモンとの戦いから、1週間が過ぎた。
 ホーリードラモン率いるアポカリプス・チャイルドとの戦いは今なお続き、私こと葵日向はいまだ、デジタルワールドの地を離れることができずにいた。

 ゼブルナイツ改めゼブブナイツの騎士たちが活動の拠点とする移動要塞・エルドラディモン。巨大な亀そのものであるこのデジモンの背に聳える古城の一角、左肩付近に立つ塔が私たち人間の居住区画である。
 全12階からなる塔は最上階の展望フロアと最下階のエントランスを除いた2階から11階にそれぞれ1室から4室、大小合計27の部屋がある。その5階、中程度の2部屋に区切られた階が、私とマリーの居住スペースになっている。

「もう、何してるのよ」
「うん、つい……」

 髪を乾かしながら溜息を吐けば、素直に反省しているらしくマリーは正座でうなだれる。いや、というより随分と浮かない顔で沈んでいるようにも見えた。そこまで強く叱ったつもりはなかったのだけれど。

「どうかしたの?」
「いや、確かめとこうかと思ったんだけど……本物だなーって」
「え?」

 言っている意味がよくわからずきょとんとする。するも、振り返って見たマリーの手の動きに、先程私に抱き着いた両手で何かの大きさと感触を確認するかのように少しだけ閉じては開くを繰り返すその動作に、そして何故だか自分の胸元に落とした視線とに、一拍遅れてようやく理解する。

「あ……当たり前でしょ!」

 思わず大きな声を出してしまう。少し裏返ってもいた。きっと頬は赤い。
 この階にはあたしとマリーの部屋しかないとはいえ、上下階の住人が通り掛かることは当然ある。何より、ジェネラルなのだからと展望台を除いた最上階である11階を奨められた私が、上り下りが面倒だからと選んだこの階には、食堂や作戦室のある中央棟への連絡通路が設けられているのだ。
 直に朝食の時間だし、この塔には私たち以外に人間大のデジモンも住んでいる。聞こえてしまったろうかと、何とも言えない表情になっているであろう顔をタオルに埋める。

「はあ、牛乳飲んでんだけどなー。効かないの?」
「……知らない」

 やはり11階にすべきだったろうか。
 せめて男子二人が聞いていないことを祈り、気を取り直して食堂に行くべくのそのそと着替えを始める。
 ちなみにマリーはわざわざラーナモンの姿で窓から忍び込んできたらしく、人間に戻れば服は濡れてもいない綺麗なままだった。伝説の闘士は草葉の陰で一体どんな顔をしていることだろう。

「ねえねえ、ヒナー」
「はいはい、なあに」

 鼻に掛かった甘い声で私を呼ぶマリーに、肩をすくめてそう返す。なんだか妹でもできた気分だ。悪い気はしなかった。少しだけくすりと笑う。
 見るとマリーは壁に掛けておいた私の制服を物珍しそうに眺めていた。

「前から思ってたんだけどこの制服ってさ、丘の上のお嬢様学校の?」
「おじょ……え? 知ってるの?」
「うん、見たことある」

 言ったマリーと、顔を見合わせて目をぱちくりとさせる。

「あれ? 意外と近くに住んでた?」

 と、いうことになるのだろうか。随分とご近所の話をしているように聞こえたけれど。

「学校からそう遠くないわ。駅を挟んで反対側よ」
「え? あたしもあたしも! あのね、うちね、駅前の商店街の花屋なの!」
「もしかして“マリアージュ”?」
「そうそう、それ! あたしんち!」

 へえ、と思わず少し呆けたような顔をする。“フラワーショップ・マリアージュ”――何度か行ったこともあるお店だった。また何とも奇妙な偶然だ。
 それにしても、だから“マリア”なのだろうか。名前が気に入らないと言っていたのはその辺りが理由だろうか。確かに、我が身に置き換えれば少し気恥ずかしくも思えてくる。

「おーい、ヒナター」

 そんな話をしていると、不意に外から私を呼ぶ声が聞こえてくる。しゅたん、と軽やかに出窓の縁に降り立つのは現11階の住人であった。姿を確認するまでもなく私は溜息を吐く。

「だからどうして窓から入ってくるの」

 次から次へと。扉ってご存知ないかしら。
 そんないつもどおりのインプモンは、いつもどおりの悪びれた様子もない顔であっけらかんと返してみせる。

「いやだってちけーし」
「あはは、確かにー。飛び降りたほうが早いもんね」

 はいそこ、同意しない。ただの人間が11階から飛び降りたら地上はむしろ遠ざかる。空の上へと一直線だ。一緒にしないでもらいたい。

「んなことより飯いこーぜ。ヒナタも走ったら腹減ったろ?」

 言われて、はあ、とまた溜息を一つ零す。

「そうね、無益だわ」

 窓から以前に着替えてたりもするんだから勝手に入るなという話なのだが、何度言っても理解すらしてもらえそうにないのでもう止めておく。性別がないせいかこの手の話はどうにもぴんと来ないらしい。自衛するとしよう。
 もう一度だけ深く溜息を吐いて部屋を後にする。なんだか色々疲れた。

 元気な二人の後を追って石橋の渡り廊下を歩いていく。食堂は中央棟の1階、集会場も兼ねた大広間だ。何気なく橋から中庭を見下ろすと、同じように食堂へ向かうであろうデジモンたちの姿がちらほらと見えた。

「つーかヒナタってなんでいつも走ってんだ? 鍛えて戦うのか?」

 ひょいと欄干へ飛び乗って、危なっかしい後ろ歩きでインプモンがそんなとんちんかんなことを言う。

「そんな訳ないでしょう。私をなんだと思ってるの」

 朝のジョギングはエルドラディモンのお城に腰を落ち着けてからは日課になっている。塔と中央棟の間にある中庭は石畳もしっかりと整備が行き届き、景色もよくて誂えたようなジョギングコースだった。
 だが、私もさすがにそんなことで戦力の足しになれるだなんて思ってはいない。

「ヒナってなんかスポーツしてたの?」
「そうね、乗馬は少しだけ」
「乗馬ぁ!? ヒナってやっぱお嬢様なの?」

 なんて言うマリーに一瞬言葉に詰まる。

「べ……別にお嬢様じゃなくても乗馬はするでしょう」

 私もそうよ、とは言わなかったけれど、マリーはさして気にする風でもなかった。

「と、とにかく、体力ないと余計に足手まといだって思っただけよ」

 こほんと咳払いをして、少し早口に言う。
 ただでさえ何の力もない人間。その上スタミナまで人並み以下ではお話にならない。正直、ベヒーモスにしがみつくのも中々に大変なのだ。
 ふうん、とマリーも中庭を眺める。

「そいや灯士郎も朝よく走ってるよね」
「ええ、毎朝会うわ」
「二人ってなんか話したりするの?」
「話? 特に……おはよう、くらい?」
「えー、駄目だよー。もっとコミュニケーション取らないと」
「そう言われても……」

 と言えばぴょこんと、ちょうど橋を渡り終えたところで欄干から飛び降りて、インプモンが意地悪そうな顔をする。

「ヒナタもトーシロも口数多かねーからなぁ」
「……いや、コミュニケーションなら一番駄目なのインプモンでしょ」

 なんて呆れて返す私に、マリーとインプモン当人までもが口を揃えて「確かに」と笑う。自覚はあるのね。
 けれど、確かに私も私か。任せろと言った覚えはないが、ジェネラルとは要するに軍の指揮官なのだそうだ。現状では何ができる訳でもないが、とはいえ仲間のことはよく知っておくべきだろう。
 選ばれし子供に二つの魔王の軍勢、そしてレイヴモンやミラージュガオガモン。改めて考えてみると、今こうして一緒にいることが不思議で仕方ないような面子ばかり。ここ数日彼らと過ごしたが、やはりまだどこかぎこちなくもある。
 特に、選ばれし子供によって討伐されたという魔王デーモン配下のスカルサタモンたちは、マリーたちに思うところがあるようだった。ダークドラモンも私をよくは思っていないらしい。

「ま、なんにせよ飯だ飯。小難しいこたぁ後にしようぜ」
「小難しいこと?」

 私の腰をぽんと叩いて、言ったインプモンにマリーはきょとんとする。私は、溜息混じりに笑って返した。まったく、時々妙に鋭いんだから。

「そうね。腹が減ってはなんとやら、かしら」

 城に常駐しているだけでも数百に上る兵たち。用意されたその大量の朝餉の香りに、中央棟は満たされていた。
 今日もまた、私たちゼブブナイツの一日が始まる。



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