5周年更新予告作品試し読み

□@-NiGHTMARE:DiTHERiNG-
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◆U:朝餉の後に


「いとま?」

 首を傾げてオウム返しに問う私に、レイヴモンは膝をついたままこくりと頷いてみせた。
 食堂の奥、半ば私たちの定位置と化した一角で食事を終えた、ちょうどその頃。いつも通りどこからともなく現れて、いつも以上に神妙な面持ちで切り出したレイヴモンに、私とインプモンは顔を見合わせる。
 ベリアルヴァンデモンとの激戦の傷もまだ癒えぬ、そんな折。ゼブブナイツの騎士たちがアポカリプス・チャイルドとの決戦に備え、諜報と軍備を進めている最中のことだった。

「いとま、って休暇がほしいの?」
「は。三、四日、城を離れる許可をいただきたく」

 片膝をついて頭を垂れたまま、言ったレイヴモンに周囲の注目が集まる。場は食堂代わりの大広間。時刻はまだ日も低い朝。本当ならそろそろ学校へ行く頃だろう。私やインプモン、マリーの他にも、これから任務へ赴く騎士たちの姿もまばらに見える。マリーが眉をひそめながら声を上げた。

「ちょ、ちょっと待ってよ! 何でこんな時に……!」

 そんなマリーの言葉には、レイヴモンを怪訝な目で見る騎士たちも同意見だと言わんばかり。
 確かにアポカリプス・チャイルドとの決戦を控えたこんな時。なのだけれど。私は短い思考を置いて、うんと頷く。

「いいんじゃない?」

 そう、問い掛けるようにインプモンへ目をやる。驚くマリーを尻目にインプモンもまた事もなげに、

「ん? ああ、いいぞ」

 とだけ言って目の前の大皿に盛られた紫色の得体の知れない果物に噛り付く。しゃり、とかじればみずみずしい果汁が跳ねる。これで五つ目か。見た目はいかにも毒ですと言わんばかりだが、どうやら害はなさそうだ。私も食べてみようかな。

「え、ええ? そんなあっさり? いいの?」
「別にいいけど。ねえ、ところでこれって人間が食べても大丈夫?」
「あ、うん。結構美味しかった。……じゃなくてぇ」

 ぐねぐねと眉を歪めるマリーの肩を叩き、私はふうと息を吐く。いまだ傅いたままのレイヴモンへ目をやり、

「どうせ今は暇でしょう。それに、ちゃんと理由もあるみたいだし」

 心静かに、曇りなく。耳を澄ませば聞こえる旋律に澱みはない。そう、いつも通りのレイヴモンだ。真面目で馬鹿正直で、私は、そんな彼を信用している。デジメロディがなくとも疑いはしなかっただろう。
 けれど、とは言えマリーたちがそれで納得しないのも当たり前と言えば当たり前か。

「ちなみにどこまで?」

 彼に限って臆病風に吹かれたわけもあるまいし、単なる休暇というわけでもないだろう。生真面目な理由を半ば想像して問えば、レイヴモンは真っ直ぐに私を見据えて答えてみせた。

「故郷の村へ」
「故郷?」

 というと、確かリリスモンの城に程近いゴツモンたちの村だったか。
 レイヴモンはこくりと頷いて、おもむろに腰の刀を差し出す。献上するようにゆっくりと引き抜いてみせたその刀は、刀身が中程で折れていた。外ならぬこの城で、ブラックセラフィモンと戦った時に砕かれてしまったものだった。

「戦いに備え、刀を打ち直したく存じます」
「村に鍛冶屋がいんのか?」
「は。村のゴツモンは近辺でも名の知れた刀鍛冶でございまして」
「ゴツモン?」

 不意に出た聞き覚えのある名前に、レイヴモンとインプモンを交互に見る。

「それって……」
「俺らが会ったあいつか」
「え? 二人とも知ってるの?」
「ええ、村ではお世話になったわ。ゴーグルもゴツモンに貰ったの」
「へえ、そうなんだ」

 思えばまだほんの十日前か。なんだか随分と懐かしく感じる。

「ま、ならいいさ。勝手に行ってこい」
「は。ありがとうございます」
「なんだか休暇でもない気がするけどね」

 肩をすくめる。どう考えても軍備の一環だろうに。
 城には武器庫もあるのだが、元々ここにいたデジモンたちの性質ゆえ、置いてあるのは火器が大半であるらしい。と、先日武器庫の前で会った灯士郎君が言っていた。騎士を名乗ってはいるが、確かに剣や槍で戦うのは彼らくらいしか見た覚えがない。
 戦力的にレイヴモンは単なる一兵卒ではないし、戦略的にも万全で戦いに臨んでもらいたいところであろう。

「もう今日にも発つの?」
「は。すぐにでも」
「そう。気を付けてね」
「お心遣い痛み入ります」

 片膝をついて深々と頭を下げたレイヴモンに、大袈裟ねと言葉には出さずに笑い掛ける。そんな時、ふとインプモンが窓から城の外を眺めてふうむと唸る。ああ、と声を上げ、私を見る。

「ヒナタ、お前も行ってきたらどうだ?」

 なんていう、インプモンの唐突な発言には、私だけでなくレイヴモンやマリーも目を丸くする。

「え?」
「自分で言ったじゃねえか。どうせ暇だろ。ベヒーモス貸してやっから」
「確かに暇だけど……」
「それに、こいつ一応お前の護衛だろ」

 とは、確かにその通りなのだけれど。
 言ってそれきりふいと視線を逸らし、インプモンは果実を一つ手に取ってぴょんと椅子から飛び降りる。しゃりしゃりと果物をかじりながらまた外を見る。
 ああ、と私は理解する。

「しかしベルゼブモン様、このような私用に……」
「そうね、行ってこようかな」
「ヒ、ヒナタ様……!」
「いいじゃない。ゴツモンやパンプモンにも会いたいし。マリーもどう?」
「え? あぁ、ヒナが行くんなら」

 いまだ戸惑うレイヴモンを余所に私たちが言えば、インプモンは片手を軽く上げ、振り返りもせずにすたすたと去っていく。最後に、

「そか。んじゃ気ぃ付けてな」

 とだけ言って。

「ええ、それじゃあ少し空けるわ」

 そう返し、私は食後の紅茶を一口。
 まったく、素直じゃないんだから。まあ、私も人のことが言える性格ではないのだけれど。

「ええと……」
「息抜きしてこい、って言ってるのよ。お言葉に甘えましょう」

 私たちがダークドラモンたちと上手くいっていないことくらい、とうに気付いていたわけだ。確かに、少し距離を置いて気持ちを切り換えてみるのもいいだろう。
 リリスモンのお膝元でそうそうやんちゃをするものもいないだろうし、危ないこともあるまい。最初にレイヴモンが言った通り、休暇にはちょうどいい。

「成る程……では、準備が整い次第参りましょう」

 レイヴモンは得心がいったとばかりに頷いて、また頭を下げる。インプモンの不器用さにはいつも仏頂面のレイヴモンすら、心なしか口角が緩んで見えた。
 私たちは去っていくインプモンの後ろ姿にくすりと笑い合い、ごちそうさまですと手を合わせて食堂を後にする。



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