□第十一夜 紅蓮のコキュートス
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11-4 紅蓮の氷原(5/5)

 
 白衣が剣風に散る。隠されていた正体が露呈し、目にした者たちは一様に驚き、戸惑う。無理もない。アポカリプス・チャイルドの王たるホーリードラモンの側近であるはずのサタナエルが、アポカリプス・チャイルドの一兵卒に過ぎないエンジェモンと同じ姿をしていたのだから。

「あいつが、側近?」

 眉をひそめるインプモンに、ダスクモンは自らの腹に受けた傷へ一度だけ視線を落とし、躊躇いがちにこくりと頷いてみせた。

「ふ、ふふふっ……あんなもの、数ある駒の一つに過ぎない」

 そんな困惑を、嘲笑うように堕天使が言う。胸をレーベモンの槍に貫かれ、頭をミラージュガオガモンに砕かれ、翼と鎧をレイヴモンに引き裂かれたまま。全身に走る亀裂からは赤黒い、闇にも炎にも、血にも似た何かが零れて散る。

「嗚呼、ベルゼブモンも手に入ったことだ。そろそろ潮時かな。セラフィモンなどというこの、捨て駒も」
「何を……お前は一体……!?」
「ふふ。謎解きは、死後の楽しみにでも取って置き給え」

 風が凪ぐように、否、凍るようにと言うべきか。嘲笑が冷笑に変わり、静かな声は冷たく鋭く突き付けられる。反論も、問答さえも許さぬとばかり。
 堕天使の体がふわりと浮き上がる。翼もとうに役割を果たせぬほどに傷付いたその体が。まるで壊れたマリオット。四肢は力無く垂れ下がり、低く笑う声にはノイズが混じる。鎧は自壊するかのように自ら亀裂を広げ、漏れ出る何かは次第に色濃く、その密度を増してゆく。

 にたりと、何かが笑った気がした。

 静寂。戦いの真っ只中、戦場のど真ん中で、有り得ないほどに静かな刹那の間隙。はっと、誰かが息を飲む。そうして――私の視界は闇に覆われる。その場で私がはっきりと認識できたのはそこまでだった。
 無明の闇の中で遠く遠く、轟音と業火が渦を巻く。そして幾らもせぬ内に闇は晴れ、目前には白銀の世界が広がる。訳も分からず冷たい氷原に座り込む。瞬間、疑問を差し挟む暇もなく、大気が激しく震えて風が荒れ狂う。
 風上へと振り返る。視界の彼方、天地を結ぶが如き赤黒い火柱が見えた。

「な、何……!?」

 冷たい大気に熱風が逆巻く中、ようやく搾り出したのは問いにもならないそんな言葉。思考は辺りの風のように掻き乱されたまま。
 一瞬、波が沖へと引くように風が止み、やがて。彼方――白銀の氷原に、紅蓮の花が狂い咲く。
 

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