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□王と平民
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「―――ねえ、楽しい?」
昼下がり。
S階級(クラス)の彼を、辺鄙なところで見つけた。
そこはどこからも光が入らなくて、平等に降ってくる人工的な明かりさえもシャットアウトしてしまうような、深い闇のカーテンの奥。
蝋燭なんて歴史上のものだと思ってた。
ああ、もういっこ。本。
そんなところで文章を機械越しにでもなく読むのは些か大変ではなかろうか。
しかしページを捲るスピードは一定で、私の読む速度より数倍早い。
別に支障はなさげだ。
「・・・・・・あぁ。学生?うん、楽しいよ」
「本や蝋燭なんて実際に使う人いるのね。初めてみたわ。こういうふうに使うんだ」
「うん、そうだよ。二酸化炭素の影響で一般からは消えたけど、俺は今の明かり好きじゃないから、勝手に拝借して使ってる」
「拝借って・・・返せないじゃん」
「確かにね」
意外だった。
S階級の人は全員エリートだ。ていうかエリートしかなれないのがS階級だ。
そんな中にこんなとっつきやすい人がいたとは。
服もなんか私と同じような感じだし。
「本は?今はあんまり紙すら出回ってないのに、どこから手に入れたの?」
「家の書庫。俺んち金持ちだからさ」
「S階級だものね」
「そういう君は?」
「Cよ。可もなく不可もなくってところ?」
「へえ、楽そうだね」
「実際楽だからね」
彼は自分を飾らない人らしい。
嫌味ったらしい敬語もない。
なんだか面白い。
「何読んでるの?」
「魔法文献」
「魔法?この科学の時代に?」
「うん、好きなんだ」
「ふーん」
なんだかいいご身分だと思った。
S階級の奴は、これからの科学を担っていかなければならない。
それはもう決められたことなのだ。
だからそれに向かって最新の科学を頭ん中に詰め込まなければいけないと思っていたのだけど。
それはすごく可哀相だと、思っていたのだけど。
「楽しそうね」
「うん、楽しいからね」
「そう。例えば?」
「魔女狩りとか」
「・・・・・・意外とブラックなとこついてきたわね。魔法的なことはなんかないの?」
「んー、可愛いおまじないってとこだよ。全部。材料はえぐいけど、科学技術使った方が確実だし早くできるのに、頑張ってやってる感じ」
パラパラ、と軽く捲って応える。
ホントに見てるのかしら。
「昔には今の科学はなかったでしょ」
「そうだとしても、だよ。これはひとつの宗教だよ。ただ漠然と神様に願う代わりに、ちゃんと捧げものを出して悪魔にお願いするんだ。立派な宗教だとは思わない?」
にやり。ああ、なんて奴だろう。
コイツは『人間』が好きなんだ。愛してるんだろう、それはもう気持ち悪いくらいに。
「・・・・・・確かにね。ところで魔女狩りってどこが面白いのが検討もつかないんだけど。あれってほとんどは人間の女性が被害にあったんでしょ?」
「それもまぁ、歴史の1ページってとこだよ。馬鹿みたいで酷く人間らしくて愛しくさえ思えてくる。歴史はほんとに面白いよ」
クツクツ笑う彼は妖しい。
愛しく笑う姿は見惚れてしまいそう。
「今はバーチャルでいつの時代でも覗けるのに?」
「それは所詮一般の歴史だよ。俺の想像を超えることなんてできはしない」
「すごい自信ね」
「Sの王って言われてるから」
「へー、あなたが」
「うん。どう?王様に会った気分は」
「庶民的だと思ったわ。いい王になれるわよ」
「それはどうも」
戯言には戯言で返す。
これはルールなのだ。たぶん、さっき決められたばかりの、私と彼の。暗黙の。
不思議な雰囲気だった。
そこはとても心地良くて、だけどそばにいれば何かが終わって始まって狂ってしまいそうだった。
「ところで、Cクラスの君?」
「何かしら、Sの王様?」
「Sに来る気はない?君すっごい面白いよ。そばに居て欲しい」
「遠慮しておくわ。自由がいいの」
「なんだ、つまんない」
「でもね」
「うん?」
「そばにいてあげるのはいいよ。私も気に入っちゃった」
そう言って彼の横に腰掛ける。
あ、やっぱり整ってる顔してるなぁ。
蝋燭の明かりで不気味に動く顔の影。
私も彼にそう見えているのだろうか。
「そっか」
「うん。ここにいたい」
「ありがと。じゃああげる」
「何?」
「鍵」
「・・・・・・このご時世に、どこまでも古いのが好きなのね」
今の時代、機械仕掛けが普通よ?
「歴史は繰り返すって言葉、知ってる?」
「シカト?知らないこともないわよ」
「うん。だから俺は未来を学んでると一緒なんだよ」
「へー、それは頼もしいわね」
「でしょ?」
目を細める彼。ちょっとずつ近づく顔。
触れるだけのキス。
「―――物足りない?」
「うん、まぁ男の子だし?」
妖艶に笑う。
揺れる影。
バサバサ、なんて大事な文献が落ちる音。
「いいの?」
「いいよ。今はこっち」
なんて甘い声と共にベッドに落ちた。
(20121203)