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□空箱
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空が青い。
ふと本の端から見えた空に目をやると、
青と水色の混じり合った色と、端っこの方に晴れ渡る空に似つかわない、灰色との雲のコントラスト。
雨でも降るのだろうか。
傘持ってきてないから、どうぞあっちの方へ行ってくれと思いながら本に目を戻す。
今は殺人事件を解くためのヒントが散りばめられた捜索中である。
うぬぅ、難い・・・。
必死に頭を働かせているというのに、空気の読めない天然は声をかけてきた。
「空っぽの箱に価値はあるのかな」
「・・・はぁ?」
【空箱】
「何、いきなり」
「どう思う?」
焔(ほむら)はいつも唐突だ。
所謂電波なのかも分からない。
しつこいし。
私が意見を言わなきゃずっと訊いてくる。
意見っていうか、私は感想とか考え方を語ってる感じがして恥ずかしいんだけど、焔はそれを望んでいるのだから仕方ない。
――空っぽの箱、ねえ・・・。
「・・・あるんじゃない」
「なんで?」
「んー、箱自体に価値があれば、中身とか無くても良くない?
まぁ箱は本来何かを入れるものだけど、きれいな箱とかあるじゃん。あーゆーの私は何も入ってなくても好きだよ」
「・・・そっか」
「うん、私はね」
「箱ってさ、なんであるんだろうね」
「え」
こりゃまためんどくさそうなのを・・・。
なんでって・・・
「何かを入れるためとか・・・保存するためとかじゃない?」
「うん、そうだよね」
わかってんなら訊くなよ。
何がしたいんだよお前は。
「だから、主役はいつもその中身じゃん。
んで、空っぽだったら箱に価値はないんじゃないかって思って」
「ふーん」
なかなか理論的じゃないか?
まぁいつものことだけど。
「箱に価値かぁ・・・めんどくさいこと考えるね」
「そう?」
「だってさ、存在してるものに価値も何もないと思うんだよね。
必要だから、そこに生まれて存在してるんだよ。言い換えれば、価値があるからここにあるんだよ」
「・・・・・・」
「世の中で要らないものは存在しないよ。だってそうだったらとっくに消されてるから。
あと、この価値っていうのは人間が勝手に決めるものであって、存在してる時から価値はあるんだよ。これは重力よりも確かなものだと思う」
「・・・やっぱり沙苗(さなえ)、面白いなぁ」
「そう?面白いって言っても女の子にはモテないよ」
「俺は沙苗としか話さないよ」
「あぁ、そうだったね」
焔の『俺』、久しぶりに聞いたなぁ。
やっぱり焔には似合わない。
「沙苗」
「んー?」
「ありがと」
「・・・どういたしまして」
何がなんだかよく分からないけど、ここは合わせるのが正解なんだろう。
その証拠に、ほら。
背中にもたれてきた。
安心したときは、いつも私の背中にもたれてくる。
寒い時期は私も大歓迎なんだけど、全体重、少なくとも上半身の体重全部かけられるのはちょっと。
あとガリガリだから骨が当たる。
デブじゃないだけマシかもしれないけど、これがまた地味に痛い。
夏はクソ暑いし。
今はまぁ、秋なので許してやろう。
「ねえ沙苗」
「んー?」
「結婚してくんない?」
「・・・18歳になってから言ってください」
「5年もあるんだけど」
「いやぁだってここは日本だからね。法律で決まってるからね。変えられないからね」
「まぁいいや。沙苗、」
「ん?」
「こっち向いてよ」
「何、」
ちゅ。
――・・・・・。
「んじゃ、これから沙苗は一生俺のね。誓いのキスもしたし、決定」
「強引だなぁ」
「嫌いじゃないんでしょ?」
「・・・まぁね」
本に目を戻そうとしたら、閉じてしまっていた。
あれ、栞がどっかいった。
まぁいいや。
少しくらい、甘い余韻に浸っていてもいいだろう。
空を見れば、私の願いが通じたのか、灰色の雲は消滅していた。
あとに広がるは、ただただ青い、秋の空だけ。
(それは13歳の頃)
(私たちが結婚するまで、あと5年)
(20121024)