Guitar

□カシスオレンジの憂鬱
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何故だかは解らないけど、
無性にあの場所に行きたくなった。

それはあのメランコリックな独特の空気に触れてみたくなったのか、
あの甘酸っぱい独特なアルコールを味わいたくなったのか、


もしくは、彼女の面影を探そうという我ながら愚かな考えから、なのか。
















よくよく考えてみれば、全てがもう三年も前の事だったのだ。


雰囲気に惹かれこの店に立ち入ったのも、
たまたま見かけた彼女の短い黒髪に魅力を感じたのも、
名も聞かぬまま彼女の前から去ったのも。





「ねぇ、」





突然斜め上から降って来た
耳に残る懐かしい声。





「そこあたしの特等席なの、退いて。」



「あぁ、」




そう言いながら席をズレる。
記憶に残る彼女は、確かひとつ右に座っていたはずだ。

そして俺は彼女の隣、つまり今彼女が座ろうとしている席だった。





「三年ぶり、かしら?」



「覚えてたん?」



「そりゃあもう。
ついでに言うとあなたがこの場所だったこともね。」





三年という月日は彼女をこんなにも女に変えて仕舞ったのか、
短かった髪はストレートのまま伸ばされ、雰囲気には艶やかさが増していた。





「『振られたん?』」



「、は?」



「って言ったのよ、あなた。
あたしと初めて会った日。」



「そうだっけ?」



「そうよ、失礼な話よね、
少なくとも初対面の女に言うべき言葉じゃないと思うわ。」





ほったらかしだったカクテルを口にすると、カシスオレンジの味と香りが広がる。

付き合っていなかったと言えば嘘になる。
このテーブルの上限定の恋だったが。





「わしの次は、いるん?」



「何?」



「だからわしの次の男が。」





「いたら、
こんなところで三年間も馬鹿みたいにいなくなった元カレ待ってないわよ、」



「それはそれはお待たせしましたね、
わしともう一回恋愛してくれん?」





お詫びに愛をあげるから。

そう続けたわしに、一瞬驚いたような顔をしてから唇の端を上げた君。





「まず手始めにさ、名前、教えてよ。」












カシスオレンジの憂鬱
(空白の三年間、)
(確かに愛したはずの彼女の名は、)
(何度記憶を探っても出てこなかった。)

(名など互いに問いたことなど、)


毒と云う名のアルコール







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