小さなお話し
□虚ろな瞳に優しい嘘を
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和風な造りのそこは、とんでもなく広いものだった。
きっと、とても綺麗な場所だったのだろう。
落ち着いた雰囲気の廊下に似合わない赤黒い液体が、床や障子に散らばってしまって汚している。
ひたすら数で押し、圧倒的な劣勢の風紀財団の人間を皆殺しにした結果だ。
(酷いな……綺麗な状態で一度、見てみたかった……)
見事な庭園を横目で見ながら、俺は縁側をゆったりと歩いていく。
西側で火災が起こっているらしく、むこうのほうでは煙があがっている。
…けど、それも時間の問題。
山本とお兄さんが向かっているから、火もすぐに消えるだろう。
「十代目、この先です。」
「うん、ありがとう。」
とりあえずはむかってきた奴らはボコって、俺の顔を知っていて手を出してこないやつは放置してここまで進んできた。
そしてもうすぐ、ボスの…ヒバリさんの執務室にたどり着く。
途中でむこうのファミリーの部下に聞くと、そこで今のヒバリさんは戦っていると言っていた。
(これで…全部終わる)
長かった。
いつだって終わらせられたかもしれないけど、きっかけがなかったのだ。
きっと今回のことがなけれな、臆病な俺はずっと見てみぬフリをしただろう。
これでやっと、ずっとモヤモヤとしていたものが消える。
生きてるなら、幸せそうなあの笑顔がほしい。
もう死んだのなら、あの世で笑っていることを願って墓で祈るくらいさせてほしい。
あの人の大切なファミリーは何故消えたのか。
あの人はなぜ消えたのか。
知りたい。
たとえ噂が本当で…あの人が自分のファミリーの人間を殺めてしまっていたとしても。
あの人の思いはどうなったのか……ヒバリさんは、知っているのか、どう思いを受け止めたのか、知りたい。
理由を知って、それで俺は受け止めてあげたい。
たとえあの人のしたことが決してしてはいけないことだったとしても、世界中の全員が彼を責めても、俺だけはあの人を許してあげたい。
どんな形だっていい。
もう一度、あなたに会いたい。
これで終わる。
…超直感でそう確信しているのに、なぜか俺の胸は嫌な感じにザワつく。
「ボンゴレ十代目守護者、獄寺隼人だ。
十代目がそちらの責任者と話したいそうだ。」
群がるようにして部屋を囲んでいた奴らに言えば、しばらくしてからゆっくりと列が割れた。
視線が集まる中、俺は堂々とした風にゆっくりと歩いていく。
そして、執務室への扉を開けた。
中は、酷い臭いだった。
真っ赤に染まった床と壁、粉々になった家具を見ればわかる。
もう片付いてはいるが、相当な数の死体がこの部屋にあったのだろう。
奥のほうで数人の男たちが、誰かを囲んで殴りつけているらしい。
罵声やあざわらうような声、そして蹴ったり殴ったりする音が響く。
「これは十代目、どうされましたか?」
そこから離れた位置でタバコを吸っていた男が、火のついたそれを灰皿に押し付けながら立ち上がった。
「…酷い臭いですね。」
顔をしかめていくと、頬をポリポリと書きながら申し訳なさそうな顔をした。
「風紀のボスが一人で酷く暴れましてね…押し込めるだけ部下を押し込んで、今さっきやっと捕まえましたところです。
もっとも被害はギリギリ2桁ってところですけど。」
「そんなことは聞いてません。」
低い声で答えた俺の機嫌を伺うようにジッと見てから、男は言葉を続けた。
「…風紀のボスは今、そこでなぶり殺してますよ。
うちのドンから楽に死なせるなと言われてますから。」
「俺の声が聞こえてるなら、その趣味が悪いなぶり殺しとやらを、すぐさま止めさせてください。」
「…どうかされましたか?
何かうちの部下が失礼なことを?」
「誰がいつ、許したんです?」
「…と、いいますと」
「俺がいる、この並盛で、殺し合いをすることを。」
「、っ」
俺の殺気を感じたのか、男がゴクリと息を飲む音が聞こえた。
俺は、この並盛を守るために此処にいるのに。
人数で制圧し、降参している風紀財団の人間を非情にも皆殺し。
(ヒバリさんにディーノさんの情報を聞くなんて理由、必要なかったな。
…下衆が)
罵りたい言葉をグッと我慢して、できるだけ冷静に声を出した。
「何があったかは知りませんが、此処までする必要なんてあるわけがない。」
「…ボンゴレ九代目のほうに送った書類には、了承が、」
「九代目?
ではあなた方は書類を送る相手を間違えられたようだ。
俺は十代目候補であって現ボンゴレ九代目の部下でもなんでもない。」
「…」
「風紀財団と特に関わりがあるわけではありません。
ただ、俺の視界に入るところで血を流すというのなら、例外なく俺は弱者を守るために拳を振るいます。」
獄寺君が後ろで睨みを利かせているのが、気配でわかる。
相手もこれだけの人数の指揮を任されているのだから厄介な人間かと思っていたが…案外金と権力だけでのし上ってきた人間みたいだ。
冷や汗をかいて、オロオロと視線をさ迷わせる。
「とりあえず、ヒバリさん…風紀財団の頭を、こちらにもらえます?」
「しかし…」
「風紀財団はもう壊滅しました。
その人を引き渡して、残りの風紀財団の部下を見逃してくだされば、再編させるようなことはしません。
これはボンゴレの名誉にかけて誓いましょう。」
ボンゴレという名前のブランドなんて糞食らえだが、こういうときは役にたつ。
男が無言で合図を送ると、部屋の奥でリンチになっていた人間らしきものが俺たちの前に転がった。
黒い髪と、その間から見える白い肌。
うつぶせで顔はよく見えないが、覚えている学ランを着た背中よりもずいぶん広くなっていた。
ピクリとも動かない、赤と黒で汚れた雑巾みたいに床に転がったままのそれの頭を、獄寺君がペチペチと叩く。
「おい、起きろヒバリ。」
「生きてる?」
「たぶん呼吸音から肋骨はイってるような気はしますが…他はなんとも。」
「そう。」
「ったく…しばらく見かけねぇうちに図体だけでっかくなりやがって…。
俺も専門じゃねーけど、動かしていいかくらい判断しなきゃな。」
獄寺君が、ため息を漏らしながらその体をひっくり返した。
「……な…」
「?
どうしたの、獄寺君?」
「こいつは…ヒバリじゃないです、十代目…。」
その言葉を聞き、男は目を丸くする。
「何を言ってるんです。
黒髪にトンファーつかいなんてそうそういない。
それにこの部屋に着いたときに、彼自身が名乗って…」
そこまで言って、自分の過ちに気づいたのだろう。
『黒髪』『トンファー』『強さ』
それだけで無意識に彼を雲雀恭弥だと思いこんでいた。
彼が影武者だったのだと気づいた男は、怒鳴りながら指示を出し始める。
「今はお互いに討論は避けましょう…影武者として死のうとしていた男に拷問したところで逃亡先はわからなそうですし、その男はそちらにお渡しします。
また後日、あたらめてお話を伺いにまいります。」
そういい残して部下を連れてさっていく男。
…馬鹿な男だ。
トンファー使いでそんなに強い人間なんて、そうそういるわけがないのに。
ぼんやりと考えながら、演技をしていた獄寺君に呼びかける。
「獄寺君……いくらヒバリさんを保護するにしても、打ち合わせ無しじゃ驚くよ。
山本やお兄さんだったら合わせられないよ?」
「……」
「そ、そんな落ち込まないで!
でもおかげで助かったよ、獄寺君!
それでヒバリさんの様子は?」
「命に別状は…ないと思います。
でもこいつは、本当にヒバリじゃありません…」
「……へ?」
「……ありえない。
なんで、なんでコイツが…」
「…獄寺君?」
混乱しながら横たわる彼の顔を呆然と見つめる獄寺君。
ヒバリさんを逃がすために演技をしていたと思っていた俺は、その反応が演技ではなかったのだと知る。
ちょうど俺のところからは倒れてる人の顔が角度的に見えなくて、仕方なく俺は獄寺君のほうへ回り込んだ。
ずっと
ずっと探していたあなたが、そこにいた。
赤く染まったその髪は、もう求めていた金色ではないけれど。
焦がれていたその瞳は、閉じられたままだけれど。
「ディノ、さ」
乾いた唇はその名前を紡ぎきれなかった。
その代わりに、赤い雑巾のような彼をそっと抱きしめた。
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