小さなお話し

□Past World 〈中篇〉
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失ってから気づくものがある

…そんなようなことを、誰かが言っていた。




その言葉の意味が、今になってわかる。














「映画、たのしかったな。」

「…寝てたくせに。」

「うおっ!!
き、気づいてたのか?」

「よだれたらして寝てたよ。」

「恭弥の前で、よだれ…」

「…嘘だよ。
今日はよだれたらしてなかった。」

「今日はって…夜だって恭弥が先に気絶しちゃうだろ?」

「変なこと言うと咬み殺すよ。」

「スミマセン。」



ショッピングして、ランチを食べて、映画を見て。

楽しい時間はあっという間にすぎていく。




「次はどうする?
恭弥、どこ行きたい?」

「そうだね…」

「その前にオレ、トイレ行ってくるな。
それから適当にそこらへん歩こうぜ?」

「うん、悪くないね。」

「じゃーな、此処でまってろよ。」



ヒラヒラと手をふって、ディーノは人ごみにまぎれて建物の奥に戻っていった。

携帯の時計を見れば、もう3時。
ケーキを食べるのもいいなと想像して、少しだけ自分の口もとが緩むのを感じた。






そのときの僕は、これから何をしようかとか、夕食は何を一緒に食べようかとかしか考えてなかった。



もっと、僕が早く気づいてればよかったのに。





















ぼんやりとディーノを待ちながら、映画館の前の歩道の端で走っている車と歩行者の群れをぼんやりと見ていた。



「ママ、はやくはやくっ!」

「急がなくても大丈夫よ。」


ピンクのリボンで可愛らしくツインテールをした女の子が、母親らしき女性の手を引いて喜んでいるのが目にとまる。

あの人の金髪と女の子の金髪があまりにもそっくりで、あの人に子供がいたらこんなかんじかなと想像してみる。


僕が女だったら、よかったのに。


解決するはずのない悩みを、ため息にのせて吐き出す。


「…ママ」

女の子の視線の先には、黒い車があった。






パンッ







大きな音と同時に、僕の手前で歩いていた男の人が倒れる。



「キャーー!!」
「人が撃たれたぞ!!!」


まるで映画のワンシーンのような混乱の中で、僕にむかって続けて何発か発砲される。

瞬時にトンファーを取り出して弾を跳ね返すものの、数人が流れ弾にあたってまわりでうずくまっている。



犯人は単独犯。
無鉄砲で計画性がない。

頭の中で冷静に分析する自分と、せっかくの気分を台無しにした相手への怒りが混同する。




そのときだった。

銃撃がふいに止み、車が勢いをつけてこちらに向かってくる。


僕をひき殺すつもりか。
おそらく自分の命を引き換えにでも殺してやろうという魂胆だろう。


そして僕は、すばやく拳銃を取り出して車のタイヤを狙い打つ……はずだった。







「リア!!」
どこかで叫ぶ声が聞こえた。




見ると、車と僕の間にちょうど、さっきの女の子が立ち尽くしていた。



「あ……ぁ……」

リアと呼ばれた少女は、流れ弾に当たった死体を見て呆然と立ち尽くしている。







車はお構いナシに加速してこちらにくる。

…銃を取り出して射撃するのじゃ、間に合わない。


「ッ…くそ!」






どうしても、リアと呼ばれた女の子を助けたかった。

あの金髪は…彼の色。

考える間もなく、僕は女の子にむかって走りよった。





少女の肩を掴んで引き寄せて、車に背を向けて守るように抱きしめる。


もう終わりだと思った。
せめて、この子だけは助かってほしい。






ギュっと目を閉じると、あの人の顔が見えた。







…ディーノ。
ごめんね、僕は、もう、









「恭弥!!」









何が起こったか、わからなかった。


ただ骨が折れそうなほどに強く押された右肩と、地面と擦れて痛みを感じる左肩の感覚だけが伝わる。






自分の後ろで爆発音がして、そっと目をあけて振り合えってみる。

壁にぶつかって炎上した車は、ペチャンコになっていた。







ふと、自分の右手の先に生暖かいものが触れた。


「な、に、」


唾液のようにネチャリとした、赤ワインよりも鮮やかな液体。

地面を色づけていく赤から、僕は目が離せない。








その先には、最愛の彼が倒れていた。






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