小さなお話し

□最後のキスに小さな願いを
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それはオレにとって、あまりにも『当たり前』で。


回りから見たら異常に写ることに気づいたのは、イタリアにいる恋人とベットにいるときだった。




「ねえ、来週も来てくれるの?」




甘えた声で腕を首に回しながら聞く恋人の黒髪を、指先で遊びながら答える。


「来週はダメ。
大事な弟分に会いにいくんだ。」


えー、と不満の声をあげる可愛らしい恋人。

なだめるように顔にキスを降らせると、納得してくれたのか腕に大人しく頭を乗せる。


「それにしても…本当に大事なのね。」


「ん?
まあな。」


「だってあなた、いっつも日本に行ってばかりよ?
先月も行ってたじゃない。
本当は弟分じゃなくて、かわいい恋人なんじゃないの?」


「まさか、立派な男の子だぜ?」


「そう?
なら安心ね、知ってる限りあなたゲイじゃないし。」


「ゲイって、おいおい。
こんなに可愛い彼女がいて、男に目が行くわけねぇだろ?」


ロマーリオがベッドにいる姿を思い浮かべて、失礼ながら気分が悪くなる。

想像さえ嫌なのに、自分がそれを抱くだなんて世界がひっくり返っても不可能だ。



「じゃあ来週のぶん、甘えさせて?」


裸のまま寝ていた彼女が、オレの上にまたがって額にキスをする。

そのままオレの首筋あたりに吸い付き、赤を残して、ヌルリと舐めあげる。





その黒い頭をそっと撫ぜようとしたとき、さっきの言葉を思い出した。





(恭弥が、恋人だったら?)


薄暗い部屋、ベットの横のランプに照らされる黒髪と、白い肌。

「ん…」

小さく声をあげて、スルリとオレの腕をとって、手のひらに口付けて、






黒い髪の

その、合間からのぞく瞳は、







「きょ…………」







「なあに?」


不思議そうに首をかしげる彼女の声に、オレの意識は現実に引き戻された。


「あ、いや、なんでもねぇ。」


「ねぇ、ここ感じるの?」


「いや…」


「ウソツキ。
もうここ、こんなになってる。」


ルージュがひかれた唇が、ニコリと綺麗に弧をかく。

彼女が太腿をこするように押し付けたソコは、たしかにありえないほど高ぶっていて。






「ね、もうほしい?」




妖艶に微笑む姿は、もう彼女じゃなく恭弥にしか見えなかった。















ああ。

いくら女をつくっても満たされないわけが、わかった。

オレは恭弥に、恋をしていたんだ。




いきなり確信した思いは、どうしようもなく認められないものだった。

ありえない。

許されない。

恭弥は…あんなにオレを本当の兄のように慕ってくれてるのに。




あんなに真っ白で綺麗な存在を、オレは頭の中で汚して喜んでいるのだ。




『 キョウヤ ガ ホシイ 』



潜んでいた狂った思いが、自分の中で暴れる。

























小学校の校門でしばらく待っていると、黒いランドセルを背負った彼が友達と2人で歩いているのを見つける。


「キョウヤ」


微笑みながら声をかければ、彼は友達に別れを告げて、顔を微笑んでこちらにむかって歩いてきた。

誰だよアイツ。

…とはさすがに言えるわけもなく、オレは歪みそうになる表情を保つことに集中した。


「お兄ちゃん、どうしたの?
いっつも来てくれるときは、電話くれるのに…」


「急に恭弥に会いたくなってな。
どうせならビックリさせようと思って。
ビックリした?」


「別に。」


「ちょっとくらい驚いたふりしてくれよ。」


ぶーっと頬を膨らませれば、恭弥は可愛くクスクスと笑う。


「まったく…恥ずかしい人だね。」


小学6年生にしては大人びた言動で、まわりから一目おかれている恭弥。
クールなのに、たまに年齢相応にこうやって笑ってくれる。


「恭弥のケチ。」


「そうだね…驚いたっていうより、嬉しかったよ。」


なんでもないことのように、サラッとした言葉でオレを喜ばせる。



ああ、もう、ゲンカイかもしれない。



「恭弥…話が、あるんだ。」


「なに?」



きょとん、としてオレを見上げる。

ごめんな。
ごめん、恭弥。

こんなふうに、まっすぐに慕ってくれてるのに。

恭弥に拒否なんてされたら…オレはおかしくなるかもしれない。

でも、それでもいい。

もう立ち直れないくらい、恭弥の視界に入ろうなんて思えないくらいに、こっぴどくフってくれ。

ダメだってわかってるのに。
こんなふうに異常な思いを、こんな小さな存在にぶつけるのなんて。



それでも、これ以外に今の自分の異常を砕く方法なんて思いつかない。



「いや、ちょっとここじゃ…」


「そうなの?
じゃあ、公園でいい?」


「ああ。」



いろんな感情がグチャグチャになってギシギシと傷む心を無視して、できるだけ笑顔で返事をした。


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