小さなお話し

□拍手置き場
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※『HAPPY BIRTHDAY KYOYA 2010』の過去話





「タナバタ?」


ピンクや黄色の星がはいったゼリーをボロボロとこぼしながら、目の前の外人は目をまん丸にして不思議そうな顔をした。


彼がお土産に並盛の和菓子屋で買ってきたという梅ゼリーを僕も口に運びながら、「イタリアでも七夕の習慣があるの?」と聞いたらこの反応だ。


タナバタ、タナボタ…?と意味不明な言葉をブツブツとつぶやいて眉間に皺を寄せているディーノ。



「知らずにこのゼリー勝ってきたの?」

「なんか綺麗だったし、恭弥こないだ『夏バテでだるい』って言ってたから、スッキリしてて食べやすいと思って。」



透明な軟らかい梅のゼリーの中に、小さな星の固いゼリーがはいったソレは、たしかにスッキリとしていて食べやすい。

包みにいちよう七夕とかかれてはいるが、きっと彼には読めなかったのだろう。

あまり深く考えずにこの話題を出してしまったことに、今更ながら後悔する。



「なあなあ、タナバタって?
なにかの行事か?」



案の定そういったイベント事が好きな彼は、目をキラキラとさせて僕に説明を求めてくる。

面倒だとは思うが、期待された目で見られては断ることもできない。



「…星座の昔話だよ。
僕も詳しくは知らないけど。」


「どんな?」


「たしか…
織姫っていう働き者の機織りの天女が、彦星っていう働き者の青年と結婚するんだ。
でも恋愛に怠けて仕事をしなくなったのを見て、織姫の父親が2人を『天の川』っていう川を隔てて引き離すんだ。」


「ふーん。
で、それのどこがお祭りになるんだ?」


「そもそも七夕は祭りじゃないよ。
ただ一年に一度、7月7日だけは2人は会うことを許されて天の川が渡れる…って話。」



短冊に願いを書いて笹に飾る…といおうかと思ったが、言えば「すぐに笹を用意する!」とかいってうるさいだろう。

それは非常に面倒だ。

どうせ並盛の廊下中に葉を撒き散らしてくるに違いない。



「なるほどな。
2人の逢瀬の日ってことだな。」


「…たぶん」


「…」




スプーンを咥えたまま、黙り込むディーノ。

どうしたんだろうと少し首をかしげると、ディーノは気づいて「あ、わり」と笑みを浮かべた。




「たしかに、仕事がおろそかになるのは駄目だと思うぜ?
でも…オレだったら耐えられないな。」


「何が?」


「恭弥と一年に一度しか会えないなんて。」


苦笑しながら切なそうに僕を見る彼に、僕も少し悲しくなって視線をそらす。



「…僕たちだって、そんなに何度も会えるわけじゃない。」


「…つらい思いさせてごめんな、恭弥。」


「そんなふうに思ってない。
けどきっと…僕が正式に10代目ファミリーになれば、もっと会えなくなる。」


「ああ…」




久しぶりに会えても、一緒にいられるのが一晩だけのときだってある。

直前で仕事が入って、予定がキャンセルになることだって稀じゃない。

ずっとずっと会えなくて、久しぶりに触れる体温に何度安心して涙をこぼしそうになっただろう。



そう考えると、1年も会えないなんて耐えられない。





ふいに、ディーノが僕の頭をふわりの撫ぜる。

知らないうちに近くなっていたお互いの距離に少し驚いて、それから彼の肩に甘えるように額をくっつける。



なんだか想像していたら、怖くなった。

きっと彼の同じ気持ちなのだろう。
そっと片腕を僕の背中から回して、反対側の肩を引き寄せる。




「オレは彦星みたいには、きっとなれない。
ファミリーがすっげぇ大事だから。
きっと恭弥も…」


「うん…僕も並盛が大事だよ。
きっとこれから大人になって仕事が忙しくなっても、それをおろそかになんてできない。」


「わかってる。
そういう恭弥だから、好きになった。
でも…もし、」




ふいに止まった声に、少しだけ体を離して見上げれば、ディーノは悲しい目をしながら笑った。





「もし、オレたちが引き裂かれるなら、全部捨てて恭弥を奪いに行くよ。」





仕事に誇りをもってるあなたが僕も一番好きだよ、とか。
奪いにきたところでついていけないし、いかないとか。

拒否する理由も言葉も、いくらだってあるのに。



「いつか…奪ってみせなよ。」



僕の口から出たのは、強気な、なのに酷く震えた言葉だった。











駆け落ち予約
(そんなことできるわけないと、わかっているのに)



〈2010.7.7 StarFestival〉
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