小さなお話し

□拍手置き場
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夜中に、ふいに目が覚めた。

うっすらと開いた瞼の間から、あの人が縁側に座っているのが見える。


「…なんでいるの」


夢だろうか、現実だろうか…どっちでもいいか。

そんなことを思いながら声を出すと、どうやら現実らしく頬に冷たい空気を感じた。


「明日は恭弥の誕生日だろ?
…あ、12時すぎたから今日か。」

「それより寒いんだけど。
窓閉めてよ。」

「50過ぎのオッサンだって平気なんだから、40代ならこれくらい余裕だって。」

「オジイサンと違って繊細にできてるんだよ。」


会話をしているうちに意識がハッキリして、夢じゃなかったな、なんて思いながら身体を起こした。


「そ、もうオジイサンなんだよな。
ってことで隠居することにした。」






驚きすぎて、言葉が出なかった。


「………え…………隠居、って」

「キャバッローネは若いのに譲って、んでもってロマーリオとチビに任してきた。」

「聞いてないんだけど。」

「半年くらい前から極秘で準備してたんだ。」

「…それで、どうするの?」

「うーん…とりあえず、いったことないとこに行こうと思って。
のんびり旅行?」

「あなたって、重要なところで計画性ないよね。」

「ハハハ、まぁな。」


前より白っぽくなった金髪が、月に光って穏やかに光る。

昔、屋上で見たあの金色とは違う。

太陽にあたってキラキラとしていた色ではなく、穏やかに光を映しながらサラリと動いた。


よく見れば皺も増えた。

強く鞭を握っていた白い手は、骨ばっていて血管が目立つ手になった。

力があふれ出そうな光をもった瞳は、皺のせいもあって穏やかになった。



「…年、とったね。
性格は変わってないけど。」

「恭弥も変わったよ。
今もすっげぇ綺麗だけど。」

「40代半ばの中年のオジサンに綺麗なんて、おかしいよ。」

「昔は…そうだな、ナイフみたいな綺麗さだった。」

「ナイフって、褒めてないよねそれ。」

「褒めてるって。
でも今は…そうだな、あれみたい。」


そういった彼の目線の先にあったのは、白い花瓶に活けられた紫のあやめだった。


「ナイフはごめんだけど、これなら光栄だね。」

「どういたしまして。」


ゆっくりと立ち上がって僕のほうにきて、髪に軽くキスをする。

そのまま首元に唇をうつす彼の後頭部を、身体を支えてないほうの手で撫ぜた。


「まだ使いものになるの?」

「バカにすんな。
50代だって元気なんだぞ。」

「40代は元気じゃないよ。
それに今は草壁がイタリアなんだ。
彼の息子に汚い布団を処理させるのは気がひける。」

「ったく、じゃあ行くか。」



ん、と手を出した彼の顔をまじまじと見つめる。



「…何これ。」

「ホテル行くかと思って。」

「…」

「怒んなよ、冗談だって!
とりあえずこれからはいつでも会えるから、遠慮なく連絡しろよ。」

「わかった。」


机の前まで行ってそのままメモ用紙に何かサラサラかいたかと思うと、それをポイッと投げてよこした。


「電話番号。
プライベート用のもひとつ買ったんだ。」

「…」


メモの端に小さく書かれた番号。

じっと見つめて、それから口を開いた。


「鉛筆かして。
こんな小さいのじゃ見にくい。」

「?おう…」


畳の上にコロコロと転がった鉛筆でメモの裏に走り書きを残して、僕はスクッと立ち上がった。


「見送り?」




「気が変わった。
僕も引退するよ。」




「…は?」


「いいでしょ?」


彼の目がまん丸に見開かれる。
それから、優しく笑って僕の手をにぎった。



「まったく…そういう突拍子のないとこは、変わらないよな。」

「でも悪くないでしょ?」

「最高だ。」












『哲弥へ

草壁に引退するって言っておいて。

携帯は一週間くらいは電源切っておくよ。

じゃあ


  雲雀』










* HAPPY BIRTHDAY KYOYA 2010*

〈2010.5.5 Kyouya's Birthday〉

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