小さなお話し

□見えない手
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「ヒバリさん?」


夜道で声をかけられて、反射的にトンファーを取り出して振り返る。



「ひっ!?」

「ああ…沢田か。」




そこにいたのは、沢田綱吉だった。


中学生のころの僕だったら、間違いなく沢田に八つ当たりして咬み殺していたところだ。


…今は、殴りなどしないが。







「…沢田綱吉。」


「ヒバリさんっ!
もう…いきなりトンファーなんて出さないでくださいよ。」


「君がいきなり後ろに立つからだよ。
何してるの、こんなとこで。」


「オレはコンビニでアイス買ってきたんですよ。
ヒバリさんこそ、こんな時間にどうしたんですか?」


「、」





思わず言葉に詰まる。

沢田は、たしかに信頼できる人間かもしれない。

…でも、





「…なにか不安なことがあるんですか?」


驚いて思わず沢田の目を見ると、にっこりと笑う。





そういえば、沢田には超直感があるのだ。

高校に入ってからというもの、沢田はだんだんと力を開花させて日常的にこの能力を使ってみせる。



「ヒバリさんがそこまで困るなんて、きっと何かあるんでしょう?
よかったらうちにきませんか?
リボーンもいますし。」


「…別に、いいよ。」


「やっぱり何かあったんですね。」


「何もないよ。」


「嘘です。
…オレには、教えてくれないんですか?」


「…」


「話してくれなかったら、家まで付いていきますよ。」





…そして、高校生になってからというもの、沢田は強引になった。

いや、黒くなった…というのが正しい。



ある意味ボスらしくなったなー、とか、ディーノが言っていたのを思いだす。







「…はぁ。
他言無用だよ。」


「時と場合によります。」


「…」


「もちろん内容にもよりますよ。」


「……嫌がらせ、されてる。」





いくら沢田でも予想してなかったのだろう。

ポカンとした表情をみて、なんだか僕はいい気分になった。





「え…っと、ヒバリさんが、ですか?」


「他に誰がいるの。」


「ヒバリさんが犯人を捕まえられないほどの高度ないたずら、ですか。」


「腹がたつことにね。
…家に帰ると、いつも気持ち悪い手紙があるんだ。」


「手紙?」


「……可愛いとか、愛してるだとか、そういうやつ。」


「…え、か、可愛い、ですか?」


「…」



ムッとして沢田を睨むと、沢田は慌てたように付け足して聞いてきた。



「いつくらいからなんですか?」


「手紙がきはじめたのが、一ヶ月前くらいだよ。」


「家に手紙があると思うと、帰れないんですか?」






違う。

手紙がきだした頃は、よかった。







『好きです』
一番最初は、そのたった一言だった。

誰か近所の子のイタズラだろうと思っていたのに。


『オレはキョウヤを愛してる。キョウヤも愛してくれてるよな。』

『今日、体育館裏で怪我してただろ。ダメだろ、キョウヤの白い肌に傷でも残ったらどうするんだ?嫌なやつがいるなら、オレが全員殺してあげるよ。』

『今日は忙しくて、キョウヤのこと見ていてあげられなかったんだ。ごめんな。でも、いつでもキョウヤのことを考えてるんだ。愛してるよ。』

『キョウヤ、あいしてるよ。あいしてる。あいしてる。だからオレだけを見て。どこにもいかないで。』

『愛してる愛してる愛してる愛してる愛してるあいしてル愛しテるあいしてるあいシてル愛して』



手紙の内容が過激になっていくにつれて、手紙以外のものもポストにつっこまれるようになってきた。



赤い薔薇の花束
前に僕が無くしていたハンカチ
盗撮写真と合成写真


決定的だったのは、昨日の夕方だ。


応接室に置いておいたはずの予備のカッターシャツが、白く濡れてグチャグチャにしてポストに突っ込まれていたときは、トイレで吐いてしまった。

『おレダケノ、キョうヤ』
手紙の白い紙に赤いボールペンでかかれた文字が、頭にこびりついて離れない。

…あの時の吐きたくなるような衝動を思い出すと、どうしても家に帰るのが嫌になる。








「…」

「…やっぱり、うちに来ますか?」


顔色悪いですよ?
そういって沢田は心配そうに僕を見る。




群れるのは嫌だが…正直、沢田の家なら心強い。

ホテルに泊まっても一人じゃ心ぼそいし、草壁たち部下に頼むのはプライドが許さない。

そう考えると、赤ん坊がいる沢田の家はもっとも安全に感じた。




「山本と獄寺君に頼めば、ヒバリさんの家から必要なものを持ってきてくれますし。」

「それは、」

「?」

「…やっぱりいい。イラナイ。」



だって…もしも、あの手紙を見られたら。

それだけじゃない。
もしも、昨日みたいなものがポストに詰まってたら…。


沢田には、そんなところ見せたくない。





「とりあえず今日は…ホテルに泊まるから。」


「そうですか?
なら大丈夫だと思いますけど…気をつけてくださいね?」


「僕がそんな変態に殺されるとでも?」


「そんなことないですけど…なんだか、嫌な予感がするんです。」


「気のせいだよ。」


「そう…ですか。」


「じゃあね。」




そう言って背中を向けてその場を去ろうとすると、後ろから沢田の声がした。




「気をつけてくださいね。
何かあったら、いつでも言ってください。」



『オレダケノ、キョウヤ』

なぜかあの文字を思いだす。



「…ッ、」

僕は逃げるように、その場を後にした。


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