小さなお話し

□雨と薔薇
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「オレと山本だけじゃ課題終わらなかったよ!
本当に助かったよ、獄寺君。」


「十代目のお役に立てて光栄です!」


「じゃあな、ツナ!」


「失礼します、十代目。」


「二人ともまた明日ね。」



ニコニコと笑いながら手を振る十代目に一礼し、背を向けて山本と一緒に歩きだす。




「獄寺と二人っきりって久しぶりだな〜。」

「…お前が放課後に野球ばっかしてるからだろ。
それに俺には十代目を無事にご自宅まで送る義務がある。」


「こうやって、手をつなぐのも久しぶり。」

「…うるせー、野球バカ。
き、今日だけだからな。」



他愛もない会話をしていると、ポツポツと雨が降ってきた。


「やべぇ、降ってきたな。
俺の家まで走るぜ、獄寺!」


山本の背中を追いかけながら、ふと空を見上げる。






嫌な予感が、した。






近くの山本の家に寄って傘を借りた俺は、
「家まで送ってくぜ」
という誘いを断って家を出た。





なぜかわからない。

昼間のヒバリの表情が、頭から離れない。


時計はもうすぐ6時を回る。
…もうあの場所にいるわけない。



わかっているのに、俺はいつのまにか走っていた。













雨はどんどん強くなっていく。

…嫌な予感は、当たってしまった。







「ヒバリ…!」



雨が降る中、闇にまぎれて彼は座っていた。

傘もささずに、昼間とまったく同じように。



「…獄寺、隼人……。」


「てめぇ何やってんだ!
ずぶ濡れじゃねーか…!!
跳ね馬は!?」


「…まだだけど。」


「はぁ!?
お前、昼間からずっと待ってるじゃねーか!!」


「12時に待ち合わせだから…」


「な…6時間も待ってたのかよ!
ありえねえ…普通は帰るだろ…」


「でも、連絡ないし、」


「なんか仕事であったとか…用事ができたとかかもしれねぇだろ!?」


「だったらあの人の部下から電話がかかってくる。」


「どっちにしろ変だろ!
そんなになってまでなんで待ってるんだよ!?」


「…」


「…っ、帰るぞ。
とりあえず俺の家で話聞くから…」


「…ヤダ」


「何言って、」


「今、帰ったら…」




雨の音がうるさい。

傘にあたる雨の音が、だんだんと強くなっていく。




ヒバリの瞳が、俺をまっすぐにとらえる。






「…僕は、ディーノを裏切ることになる。」


「うら…ぎり、って…」




何を言ってるんだ。

裏切る?
待たされてるのはヒバリなんだぞ?

俺だったら、山本に5分でも待たされたら完全にキレてる。






「僕は、ディーノを待ってる。
ずっと。」






目の前の人間は、本当にあのヒバリなのか?

どこか恍惚とした表情でぼんやりと俺を見ているヒバリの目には、狂気しか移っていない。


いつものあの鋭い光が消えた瞳は、黒いガラス球にたいに雨が映っている。



うっすら笑みさえうかべているというのに、どうしたらこんな悲しい顔ができるのか。



髪や頬を濡らしている雨が、ヒバリの涙に見える。








「…、」


「どこにもいかない。
ディーノが、来てくれるから。」







見ていられなかった。

まるで翼を失くした鳥のように、痛々しい。






「く、そっ…!」




あいつは…跳ね馬は、何をしてるんだ?

何があったかはわからないが、ヒバリは今にも壊れそうだ。



左ポケットに無造作につっこんでいた携帯電話をひっぱりだして、めったにかけない(跳ね馬)の文字を探す。

通話ボタンを押すと、電話のコールが聞こえてくる。

『いちよう、携帯の電源は入れてるのか…?』


3つめの呼び出し音で、あっけなくアイツの声は聞こえた。









「あー…獄寺?」



いつもと変わらない。

何も…まったく。




「てめ…この…っ!!」


「今忙しいんだ。
並盛ビジネスホテルの○○○号室。
…きてくれる、だろ?」


一方的に切られた電話から、虚しい機械音がする。






並盛ビジネスホテル、って…すぐそこのビルじゃねぇか。

俺がここにいるのを知ってる?

そんなわけない。

知ってるなら、ヒバリのことだって…






「…?」

不思議そうに、俺を見上げるヒバリ。





こんなの…見ていられるわけがない。

「…っ、ちょっと待ってろ!」


持っていた傘を押し付けて、俺はホテルに向かって全速力で走った。



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