小さなお話し

□大人の事情と子供の関心
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「君、……。」


「……十年前のオレって、名前も覚えられてねぇのかよ。」


「なんで僕が、君の名前の覚えてなくちゃいけないの?」


「いや…うーん…
でも、ちょっとくらい意識しててくれても…」


「何?」


「いや…
にしても久しぶりだなぁ。
またずいぶん小っこくなったな。」




彼はニコニコとしていたが、その発言にはバカにされているみたいでムカつく。




「…何、噛み殺してほしいの?
まあ何を言われても噛み殺すけど。」


「だから焦せんなって!
ちょっとくらい話させてくれよ。
オレとお前、こっちでは半年ぶりなんだぜ…?

待ってろ、今そっちに……いでっ!!」





はしごを降りようとして転落した彼は、思いっきり頭を打って着地した。

…まったく、噛み殺す気も失せる。




トンファーをしまって、頭をさすっている彼に聞く。





「君…本当にあの人の十年後?」


「『あの人』じゃなくて、『ディーノ』だって!」


「どっちでもいいよ。
噛み殺す気が失せたから、帰っていいよ。」


「今日はちゃんと後から相手するって!
…ボックスの使い方、知りたいだろ?」





その一言に、僕は飛びつくように彼に聞き返した。





「君は、ボックスの暴走に対しての知識があるの?」


「暴走したのか?
まあいろんな原因が考えられるけど…たぶんオレなら答えられる。」



ニヤリとした笑みを浮かべて、彼は一歩ずつ僕に近づいてくる。



「なら話は別だよ…はやく殺りあおうよ。
あの黒服の人は?
今日は…」


「ロマーリオは外で待機してもらってる。
修行はまた後だ。

…今はそれより、」




彼の腕が僕の腕に触れそうになって、はじめて彼がすぐ側まで接近していたことに気づく。



「なっ、」


反射的に僕が身体を後に引くと、そこまで想定していた彼はあっさり僕の腕を力強く握った。






「会いたかった、恭弥。」



どこからこんな声が出ているのだろう…低く艶やかな声が耳元で響く。

背中にゾクリと何かを感じて硬直した僕を、当たり前のように彼はそのまま抱きしめた。


彼の香水の香りが、鼻をくすぐる。




「なに…」

「体やっぱ小さいなぁ…でも、恭弥の匂いがする。」


あまりのことに声も出ない僕に、彼は幸せそうな顔をして何か言っている。








僕は今…抱きしめられている?


よりにもよって、ヘラヘラした金髪の外人に。

しかも、性別は男。

僕はたしかに経験はないが…立派な並森中学の男子生徒で、同性と抱き合う趣味はない。








「…っ!
何するのっ!?」


彼が抱きしめる力は苦しいものではなかったが、引き剥がそうと肩を押してもまったく動かない。

それどころか逆に更に引き寄せられるようにして、髪に彼の息を感じるほど接近してしまう。

とうとう身動きさえ難しくなって、それでも必死に彼の背中のシャツを引っ張るが無駄な努力だ。




「悪りぃな…でも、こっちもけっこうギリギリなんだ。」


「…っ、君は十年で男でも相手にできるようになったわけ?」


「別にそういうわけじゃねーよ。
…でも、理由は話せないぜ。
十年後のことを知りすぎるのは、お前の将来が変わってしまうかもしれねぇ危険があるからな。」



意味がわからない。
知りすぎると未来が変わる?
僕が、いったい何を知らないっていうんだ。



「どうでもいいよ、そんなこと。
さっさと離してっ。」


「半年ぶりにせっかく会ったんだ。
もうちょっとだけ、このままでいさせてくれ…。」


「ヤダ。」


「ヤダって…ったく、しょうがねぇな。」




少しだけ彼の腕が緩んで、ここぞとばかりに僕はすぐに離れようとした。




その瞬間





「ちょ、」





解放されたはずの体が、グイッと引っ張られる。





背中に軽い衝撃があって、壁に自分が押し付けられていることがわかった。



「ちょっと、何す…」


思わずつむっていた目を開くと、目の前に彼の顔があって驚いて口をつぐむ。








ニヤリと、彼の口元が狐をえがく。





本能的にヤバイと思った時には、僕の口は彼の唇によって塞がれていた。



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