小さなお話し
□妄想シンドローム
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屋敷について、まっすぐに応接室に向かう。
「恭弥だから心配ない。
外で控えててくれ。」
「何かあったら呼んでくれ、ボス。」
「おう。」
短く答えてネクタイを軽く直して、オレは扉をあけた。
シュッ
「…っと」
飛んできたトンファーを軽くよけると、
「さすがだね。」
ニヤリと笑う恭弥が立っていた。
「いきなりはひでぇだろー。」
「僕を待たせるから悪いんだよ。」
初めて恭弥を見たらしく、あまりの出来事に驚いている新人の部下をロマーリオにまかせて、オレは部屋に入った。
***
初めて会ったのは、恭弥が中学生のとき。
ボンゴレの後継者争いのとき、雲の守護者の家庭教師として会った。
短く切った黒髪に男子用の制服を着ていたから、最初は男だと思った。
なのに、どこか物腰が柔らかい雰囲気があって、不思議な感覚に惹かれたのだ。
でも、ただそれだけだった。
それまで本気で人を思ったことのないオレには、ただ少し気になるというだけだった。
離れているときに、ふと彼女の顔が思い浮かんだりするのがだんだん多くなっていって。
もっと笑ってほしいな、とか思ったりして。
好きなんだって、気づいた。
恭弥は中学生で、ボンゴレの次期幹部で…それでも諦められなかった。
「好きだ。」
そう伝えたら、
「君の言う好き、という気持ちが…僕には理解できない。」
と寂しそうに言った。
それでも恭弥が好きだし、恭弥がわからないのなら恭弥の気持ちがオレに向くまで待つ。
と言うと、頬を染めて「馬鹿じゃないの」と言いながら少しだけ笑ってくれた。
オレは、幸せだった。
***
仕事は1時間くらいで片付いた。
仕事とプライベートを分けるタイプの恭弥は、仕事が終わってからじゃないと相手をしてくれない。
ロマーリオに持ってきてもらった紅茶に、一通りサインし終えた書類をまとめてから手を伸ばした。
「久しぶりだな。」
砂糖をスプーンにすくいながら、小さく言った。
「たった一週間ぶりだよ。」
「もう一週間じゃねーか。」
「同じファミリーの仲間でもなかなか会えないんだ。
違うファミリーなんだから半年くらい会わなくてもおかしくないよ。
「つめてぇな…
まあ久しぶりだし、今日は夕食でも食ってくか?」
「せっかくだけど、先約がある…。」
横目で恭弥を見ると、心なしか表情が柔らかいような気がする。
駄目だ…
感情がゆらぐ
「はは、浮気はほどほどにしろよ。」
「浮気なんてしないよ。」
むっと顔をしかめる恭弥の可愛さに、あふれ出しそうだった黒い感情が大きくなっていく。
「…そうだ恭弥、紅茶にちょっとブランデー入れると上手いんだぜ。」
「お酒なんて…」
「子供でも飲めるくらいの量だかあら、これからの予定にも差し支えないぜ。」
音をたてずに立ち上がって、棚からボトルを出す。
恭弥は嫌だったらすぐに言うヤツだ。
ということはOKだっていうことだ。
オレが少しだけブランデーをたらした紅茶を、恭弥はキレイな動作で口元にもっていく。
前に動作が綺麗だと褒めたら、「日本人はこういったマナーに厳しいからね」と言っていたのを思い出した。
「ん…香りはいいね。」
コクン、と音をたてる喉をじっと見る。
「うん、美味しい。」
「だろ?」
「なんだか…甘、い……?」
恭弥はゆっくりと瞼を閉じながら、とぎれとぎれに答えた。
「…つ……」
眉間に小さくシワを寄せた恭弥の体は、ソファーに深く沈んだ。
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