小さなお話し
□愛とか、そんなものじゃなくて
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最初は得に特別な感情を持つわけでもなく、ただそのころの僕にとっては『群れてる外人』くらいの認識だった。
一番最初に僕を意識させたのは彼の戦闘能力の高さ。
そのころの僕はまるで井の中の蛙で、彼の強さは衝撃的なものだった。
それを理由に彼との時間を受け入れるようになって、彼が自分の家庭教師のようだと思うようになって…
彼の背中を追ううちに、いつのまにか目で追うようになっていた。
きっかけは、と聞かれたらわからない。
…ただ僕は、彼を恋愛対象として見るようになっていた。
でもだからどうというわけでもない。
叶わない淡い思いを無視することも実らせるわけでもなく、ただ放置した。
誰にも知られることもないと思っていた。
だから誰も傷つけない。
何も変わらない。
…そう、思っていた。
僕たちが変わったのは、ディーノが結婚式をあげた次の日だった。
「おっ、恭弥じゃねぇか。」
キャバッローネの彼の執務室を開けると、ソファーでくつろいでいたディーノが顔をあげた。
僕はその言葉に返事を返しながら、ゆっくりと向かいのソファーに座った。
「帰りがけに沢田から書類を頼まれたんだよ。
はい。」
「サンキュ。
わざわざ悪りぃな。」
「あなたこそ昨日結婚式だったのに…。
こんな遅くまで仕事してて大丈夫なの?」
「大丈夫、オレ一日3時間睡眠でも大丈夫だから。
奥さんもオレの仕事のことはわかってくれてる。」
へへっ、と嬉しそうに笑うディーノは幸せそうだ。
結婚なんてこの人に思いを寄せているかぎり自分には無縁だが…嬉しそうな彼を見ると、素直に祝福してあげたいなと思った。
「ついでに…結婚おめでとう。」
「それ、昨日言ってくれよ。」
「急な仕事が入ってね…ロマーリオにはファミリーから正式な報告が入ってるよ。」
「そうなのか?
そうかぁ…恭弥にオレの奥さん紹介したかったんだけどな。」
「また機会があれば挨拶に来るよ。
これでもいちようボンゴレの雲の守護者だしね。」
「そうだな…もう恭弥も、立派なボンゴレの幹部だな。」
ふいに、立ち上がって窓のほうに歩き出すディーノ。
ゆっくりとした歩調で大きな窓の前までいくと、立ち止まって外を眺めていた。
特に気にとめるわけでもなく、僕はソファーに腰を下ろしたまま首だけ彼のほうに動かす。
「どうしたの?」
「いや…そうだな…いつまでも子供じゃねぇんだな。」
「僕、今年で20歳。
もうとっくに大人だよ。」
「恭弥の年齢、初めて知った。
なんかオレも年とったな…
…恭弥も……いや、なんでもない。」
「何?」
「恭弥も、結婚とかするのかなって思った。」
「僕が?」
「恭弥群れるの嫌いだもんな。
結婚とかしねぇよな。」
いきなりの突拍子のない言葉に、少しびっくりした。
思い返せば、彼とは恋愛について語ったことがなかったことに気づく。
…正直、結婚というものに興味はなかった。
でも昨日まさに結婚した人間に
「そんなの何の意義があるのかわからない。他人と好んで群れるなんて吐き気がする。」
なんて言えるわけない。
「さぁ…どうだろう?
まぁこれからのことなんて、誰にもわからないよ。」
自分では、上手く答えたつもりだった。
「…」
しばらくして、何も返事をしないディーのに違和感を感じる。
「…何、どうし」
「そうだな…いつまでも恭弥も、そのままじゃないよな。」
「…え?」
気がつくと、ディーノの気配は僕の真後ろにあった。
本能的に危険を感じてソファから立ち上がろうとするが、首筋にナイフを当てられて動きを止める。
「拳銃もトンファーも、キャバッローネに入るときに没収されてるはずだ。
大人しくしとけ。」
「何、する気?」
「なんだろうな…当ててみろよ。」
ナイフを首筋に当てられたまま硬直していると、ディーノのもう片方の手が僕の胸のあたりにいき、カッターのボタンに触れた。
殺られると思ったのは勘違いだったが、それ以上の予想外の出来事に思わず頬が熱くなる。
「昨日結婚した男が、何が楽しくて同じ男を押し倒すわけ?」
動揺を隠して、怒りと軽蔑をこめて出きるだけ低い声を発する。
「だって今のうちに縛っておかないとさ、何処かに飛んでいっちまうだろ?」
「意味わからない。」
「みんな変わっていくんだよ。
可愛いかった弟分は立派なボスになって、あんなに近かったロマーリオにだって子供ができる。」
「何が、言いたいの。」
「だから恭弥には、そのままでいてほしいんだよ。
それだけだ。」
「ふざけないで。
ボンゴレを裏切ってキャバッローネに有益なことはないはずだ。」
「有益?むしろバレたらボンゴレ9代目もツナも、オレを許さねぇだろ。」
「じゃあ、なんで、」
「知ってるんだぜ、オレ。」
「なに、を、」
「恭弥がオレを、好きなこと。」
耳元で響く甘い声に、体がゾクリとした。
「…っ、ちが」
「嘘、つくのか?」
シャツのボタンをはずしてすべりこんだ手が、ゆっくりと僕の肌をなぞる。
「や…めろ…っ!!僕は、」
「恭弥」
かすれる声が、頭を支配する。
「愛してるよ」
その一言に、僕の両手は力をなくしてソファーに落ちた。
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