お題

□この手を離さないで
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赤と青を染め上げるのは



《この手を離さないで》




真っ暗な空を
白く白く濁していく。

水面に浮かぶ月も白く、
その姿は霞んでさえいた。




「あ、れ…」


どうして世界が
赤色なの。
顔に飛び散ったものは
生暖かい。

そして赤く広がる血海の中に
黒い一つの影。

うなだれているのか、その存在はひどく頼りない。


ユラリ、

絡み合う青と紅の視線が
二つの影を引き寄せた。



「何アルか。コレは」

「お前に話す義務はないでさァ」


なら、その手は

どうして赤いの。

どうして
血濡れて泣いているの。


彼は静かにその場に座り込んだ。


いつもよりその肩が小さく見えるのは何故かと、
そっと近付く。


「総…」

「触んな」


強く重たい声はそれでも震えていて
まるで違う人間だった。

「触んなよ。頼むから。
俺は…汚いから。お前みたいに綺麗じゃねぇんでィ」

「………」

「お前のことも汚しちまうかもしれねぇだろィ」



膝にうずめられた顔は
見えないけれど、泣いているのだと

ただ無性に
触れたくなった。
抱きしめたくなった。



「大丈夫」


彼があの月と同じくらい脆く消えてしまいそうだから、
壊れぬようにそっと
金色の髪を撫でた。


「触んなって、言ったろィ」


声に少し帯びた怒気は
私に対してなのか、自分になのか。


「大丈夫」


そう繰り返して先程と同じようにそっと抱きしめた。
冷たくなった
彼の手が
心が

温まればいいと。


「汚くないネ。怖くもない。総悟は総悟アル」

「俺の手が血に濡れていてもそんなこと言えるのかィ」

「その手も、何かを守れる手ヨ。守る為にあるネ」


総悟の前に座り、
真っ赤に染まり冷えた手を握りしめた。


私を感じて

光を遠ざけないで

ぬくもりを恐がらないで


「大丈夫アル」



しばらくそうしていると、
月はすっかり姿を消して
白んだ空に光がさした。




「総悟、朝になったアル。
そろそろ…」


繋いだ手に僅かな力が込められる。


帰ろうと言う言葉は飲み込んだ。




「まだ……
あと少しでいい、から……神楽…」


まだ、離さないで。と
聞こえた気がした。



二つの影は動かぬまま。



生温いこの手を離すのは、まだ少し先。





end.

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