短編

□マリッジブルーはいらない
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(ちょっと前のお話)





久しぶりのデートは誕生日だった。
沖田の奢りで夕食を食べたあと、ゲーセンに寄った。様々な音で騒がしい店内では声がなかなか届かない。それを言い訳にいつも以上にお互いにひっついた。
格闘ゲームやレースゲーム、音感ゲームもほとんどやった。いつからか私たちは勝ち負けにこだわらなくなっていた。会えば喧嘩ばかりしていた頃からすれば考えられないことだ。でも、私は思う。沖田がいればそれだけで楽しいんだから、勝ち負けには意味がないんだと。


散々遊び終えて(もちろん沖田の金だ)、息が白くなる外へ出る。はあ、と冷たい自分の手に息をかけると、その手は沖田の手に包まれる。こういうのはいつになってもどうにも照れくさくて、目を合わせられない。
このままいつもみたいに手を繋いで、でも恥ずかしいからちょっとだけ距離をとったまま帰るんだと思っていた。
なのに、今夜は違った。


沖田が焦ったように乱暴にポケットから何かを取り出した。私の指を掴んでその何かをはめた。
沖田の手で隠れてそれは見えない。


「なにしてるネ」
「今はさぁ、こんなだけどさぁ、」


沖田の手が離れて、私の指に光るのは先程のゲーセンで取ったと見えるおもちゃみたいな指輪だった。その指輪が占領する指は左手の薬指。
沖田の言葉を待つ。


「…うん」
「そのうち、ちゃんとしたの渡すから、」
「うん」
「それまでつけとけィ」
「……」
「ちょ、聞いてんの。あの…」
「うれしい、アル」



こんな日がくるのを心のどこかで期待してた。でもいざそうなってみたら、言葉は歯がゆいくらいに出てこない。だから、沖田が好きだと言ってくれた笑顔を向けることにした。
私の好きな彼の笑顔があった。


あの頃の、周りが見えない、なんていうような幼い恋はもうしない。ただあなたを愛して、周りも愛して、あなたにずっとドキドキして、生きていきたい。
生きていこう。

手をつなぐ私たちの上に、笑ったような月の見える空が広がっていた。





くすりゆび
(たとえばいつかあなたの言う、「ちゃんとしたの」が貰えたとしても、今日の輝きは永遠に忘れないよ。)




end.
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