Novel
□「タイカ」
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「こにゃにゃちわー!」
勢いよく開かれたドアは、大きな音をたてて閉められた。
「静かにしろ」
行動が荒いドアの開き主に、冷たく声がかけられた。声をかけたのは、漆黒という名がふさわしい髪色の青年だ。
「ひど!この関西弁の好青年がわざわざ出向いてきたっちゅーに!」
赤い瞳が関西人を鋭く睨みつける。『赤』というよりも『血のようなどす黒い赤』。
「で、もうかってまっかー?」
右手の人差し指と親指で円をつくる。ニヤニヤとした笑みを浮かべながら。
「お前の頭には、それしかないのか?」
いつも以上に低い声で言う。瞳がさらにまた鋭くなった。
しかし気付いていないのか、関西人は腕を掲げて誇らしそうに言う。
「そないなことないで!?(彼女が欲しいなー)とかもある!!」
どうでもよくなった青年は、呆れたようにいつものポーズになる。ソファーに座り、左手で頬杖をつく。
「なぁ〜、俺の願い、叶えてや〜」
すがりつき、涙目になる。仔犬のような目に。
「無視すんなや。『願いが叶う店』なんやろ?」
「違うよ。『俺が気に入った願い事を叶える所』だよ。それはどっかの魔女がおさんどんと黒い風船と二人の子供で経営しているところだろ」
声がしなくなった。関西人が理解するまでの時間が流れる。関西人が話さないだけで部屋が静かに感じられる。元に戻っただけなのに。
「なんやて〜!?そんなん、ひどいやん!」
詐欺や!とか言いながら金色の短い髪に触れる。絶望のポーズだ。この関西人を一言で言い表すとするのなら、間違いなく『騒がしい』だろう。
「あ!水鏡が二つもある!なんでや?」
しかも目敏い。その上、話す話題がコロコロとよく変わる。悪く言えば自己中心的。
青年は面倒くさそうに答えると同時にソファーに寝転んだ。
「仕事用だから…」
部屋の中を勝手に歩き回り、水鏡へと近づく。体を90度に傾けて覗いた。青年にとっては、あまり見られたくないものなのだろう。
片方は大勢の人々が狭い道を往き来している。もう一方は、一人だけ。
そこには、コバルトブルーの瞳を持った少年が映っていた。
「この子は決まってるんやな?」
少年が映っている方の水鏡を指す。
「まだ対価貰ってないんだよね」
遠い目で言う青年の顔には、どことなく笑みがあった。
何にでも無関心な青年が興味を持ったのだ。青年の知人にとっては一大事である。関西人も例外ではない。
「ほー。てことはもう『願い』は叶えたんか」
好奇心を表面いっぱいにだして訊く。
何にでも興味を持てることは良い事だろうか?
「まーね」
初めて少年を見つけた日に感じた違和感。
嘘。
嘘の笑顔。
嘘の言葉。
「何?」
視線を感じた青年は関西人に目を向ける。優しい笑顔だ。先ほど思い描いた少年の笑顔とは違う。
「どないな『願い』だったんや?」
青年の顔に驚きの色が見えた。今までそんな事を訊いてくる人なんていなかったから。
「プライバシー」
願いは叶えた。言葉を届けた。
少年が欲しかった言葉。
青年が欲しい言葉。
「とっころで」
しんみりとした空気に慣れなかったのか、関西人は妙に明るく続ける。
「どうやって決めてるんや?」
目的語は言わない。分かっているという考慮の上だろう。あの灰色の髪の少女と同じく。
「気分」
一言。
単語。
熟語。
マンガだったら「さらり」と太字でバックに書かれているだろう。アニメだったなら後ろに擬態語に似た音が流れるだろう。
「あっはは…。せ、せやったら、どうやって叶えるんや?」
引きつった笑顔で青年を見る。興味があるわけではないが、会話を続けるには仕方がないのだろう。続けなければ今度はドロドロとした空気が流れる。
「俺が行ったり、向こうに来てもらったり。あぁ、たまに…」
声の調子は相変わらず変わらない。
しかし、次の瞬間、どこからか不思議な雰囲気が漂ってきた。二人の視線が一点に注ぐ。
部屋のドアが開かれたのだ。