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□空の飛びかた
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この背中に、空を飛べるような翼があったら。
今までに何度、そう思ったことがあるだろうか。
風よりも軽い純白の羽がいくつも並ぶ、天使のような翼。
「あーあ……何で私には翼がないのかなぁ?」
鳥籠の中の白文鳥に向かって問いかける。
翼を持つ彼女は、私にそっぽを向いたまま一度だけ羽をばたつかせた。
「いいなぁ……。私も、あなたみたいな翼で空を飛びたいよ」
そう言って、鳥籠の錠を外す。
出口を空けてあげると、白文鳥はそのまま外へと羽ばたきだした。
窓から出て行く、私の白文鳥。
真っ白な羽を何度も上下させ、高く青い空へと消えていった。
空を飛ぶ白文鳥を私は黙って見守る。
気持ちよさそうな風が吹くと、彼女は嬉しそうに鳴き声をならす。
「帰っておいで」
私が彼女に向かって鳥籠を向けると、彼女は一直線にこちらに向かってくる。
少しだけ開いた窓をくぐり抜け、その鳥籠へともう一度収まった。
「お空は、楽しかった?」
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彼に出会ったのは、それから数日と経たない内だった。
友達に誘われて行った夜遊び場。
その隅っこに、ただ黙って座っている彼がいた。
私の友達は既にどこかへ消えてしまっていて、残された私は周りに付いていけない雰囲気。
どことなく私と同じ雰囲気の彼に、私は意を決して話しかけてみたのだ。
「あなたも……こういうの苦手?」
「……………………」
彼も私と同じく、友達に誘われてやってきた人らしい。
最初はただ頷くだけの彼だったが、次第に私たちの会話には花が生まれ始めた。
というのも、彼も私と同じ、空を夢見る人間だったのだ。
「一度でいいから、ふっとした無重力を感じてみたいんだ。
自分を支える地面が無い。あるのは空だけっていう……」
彼の考え方は、私に非常に似ていた。
あの大空を、何も無い空中を感じてみたいのだ。
たとえそれが、一度きりの奇跡だとしても、空を飛んでみたいのだ。
彼との話は、純粋に楽しかった。
彼にはとても共感できる部分が多い。
学校、友達、家庭、夢。
次第に私は、彼に惹かれている自分に気が付いた。
「ねぇ、今度。一緒に──」
彼の言葉を聞いたのは、そんな時だった。
最初は耳を疑った私だが、彼の話を聞いているとどうも彼を信じてしまいたくなる。
何より、それは私がずっと望んでいたことなのだ
薄暗い店内の異様な雰囲気が私を後押ししたのだろうか。
私は彼の言うままに、ただ頷くばかりになっていた。
*******************
部屋には、無数の羽が宙を舞っていた。
真っ白だった羽には、所々に赤色の模様が混じっている。
それはそれでいて、美しいと思える光景だった。
「私ね、今日お空を飛ぶんだよ」
「…だから、あなたはもう、飛ばなくていいの。」
そう呟いて、最後の一つの羽をむしり取る。
耳をつんざくような鳴き声は、とうの昔に聞こえなくなっていた。
時計を確認した私は、屋上へと向かった。
今日のちょうどお昼になった時。
私と彼は、空を飛ぶことを約束した。
場所は別々になってしまったが、彼も私と同じようにしているはずだ。
屋上の網を乗り越え、ぎりぎりの淵に立つ。
一歩前に出てしまえば、私を支える地面は消えてなくなってしまうだろう。
「えへへへ……」
私は何を思うことなく、自然と笑みが零れた。
これから、長年の夢が叶うのだと思うと、どうしても笑みを止めることが出来ない。
時計の針が全て、12を指した。
私の体は、ふっと空中に浮く。
ためらいなど、一瞬たりとも無かった。
「私、飛んでる──……」
一瞬の静寂の後、私の体は重力に従って地面へと向かいだす。
あぁ、私の翼はもう折れてしまったのか。
一瞬の奇跡を堪能した私は、もう一度だけ笑って見せた。
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羽があったら移動が楽そう。めちゃくちゃ寒そうでもあるけど。
09*12*07