はなし

□淡いキスがいかに難しいか
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視野の広い人間は、すごい、と思う。
人間は基本的に、己に直接的に関わるもの以外には特に関心を持たない。それだけで手一杯になってしまうからだ。他に眼を配るような余裕などは常になく、手元ばかりを気にして嘆く。
自分もそちら側だという意識はあっても、そうそう治せるものでもない。俺は手元と世界が見えれば充分だとも思っている。

ロックオンは職業柄かは分からないが視野が広い。
地上に降りた時などは目敏くカフェ等を見つけるし、知らぬ間にクルーの趣味やら食の好みを把握している。いったい何時見てるんだ、と聞けば「刹那を見るついでの横目で」と訳の分からない返事が返ってきた。

その彼は今、寝ているでもなく視線を落として身動きすらせずにじっとしている。


「ロックオン」

「んー?」

「………」

「………」


手元のペーパーバックをかさりとめくる手も止めず、視線も落としたままに生返事が返ってくる。またかさり、とページがめくられる。
普段なら有り得ないような、その素っ気なさにじわりと不快感がつのってゆく。俺がそんな反応を返そうものなら、こいつは満足する返事があるまで弄りたおすというのに、自分自身は本に集中しているとはいえこの有様だ。言うなれば不条理。
自室のベッドに乗り上げて端にもたれているロックオンの背後にまわり、目があるであろう場所を手のひらで塞いだ。


「…せーつーなー?」

「………」

「こら。読めないでしょうが」

「………」


ロックオンは大袈裟にため息を吐きながら、手元の栞をページに挟む。見えないはずの頭を傾けて、普段目を合わせて話す時のように顔を向けてきた。
その間も手は放さないようにしていたから目は見えない。だが、口は気味が悪いほどに笑っていて、いっそそこも手で覆ってしまいたいなと思った。



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