はなし

□かつてあなたは有罪だった
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「僕はもう戦えないから」
だから刀解してと主に告げれば、うん、とだけ言って翌日審神者は本丸を出ていった。近侍に鶯丸を指名し、一年経つ頃には帰るとたいした荷物も持たずに。
主の不在で落ち着きのなくなった本丸も、審神者が去る日のまま近侍の鶯丸のあまりに適当な采配だけでは立ち行かないと各々で動き出せば安定し、半月に一度ほど届く主からの手紙もあり緩やかに落ち着いた。こちらは晴れていますだとか今日は初物の魚を食べました、なんて日常の他愛ない文の中ににそのうち帰るから待っていて、と添えてある手紙は、大切に、だけども誰でも読めるよう冊子に貼られ広間に置かれた。手紙の指示通りに近侍を入れ替え、こちらからも梅の実を塩に漬けたこと、新しい野菜の種を植えたこと、馬に誰それが舐められたとか戦とは程遠い内容を送った。近侍によっては大半が小言で埋まって僕が破いて書き直したとかそういう些細な事まで書かれ始めて、一年経ってしまうほんの少し前の朝に審神者は連絡もなく帰ってきた。片腕にややこを抱え、片腕で出掛ける時とは比べ物にならないほどの荷物を引き摺って。

どうして戦えないのかと訊かれたとき、憎いものが分からなくなったと答えた。主だけの刃であると誓った身が緩やかな生活で錆び、明日裂く敵のことより明日の天気が気になってしまうのが恐ろしい、戦に行って折れたらあなたの床はだれが敷くのだろうと怯えてしまうと、己の逸話で腹が燃えているのに生木を入れたような燻りが耐えられないのだと答えたら、主はうんと言ったのだ。そうして現世に戻り、帰ったと思えば腕の中のこの子を次の審神者にするとした。育てるのは間に合わないから、その後は任せ小夜を懐に入れて私は荼毘がいいと続けて告げた。
また審神者のいる賑やかさと、ややこのいる忙しさと審神者の判断云々を話し合う騒ぎが久しぶりに本丸に溢れて、むしろ騒がしさはただただ増していくばかりだ。近侍は初期刀で固定している。今後の運営についてを細々と話しているのを背に聞きながら、うとうとと船を漕ぐややこを抱えて体を揺らす。
長くは生きられない、と僕と初期刀くらいしかいない、本当の初日に主から教えられていた。それでもちゃんと戦うからと真摯に見詰められ、その時まででも尽くすのを良しとした。僕が戦えないと言うのをめどにするとは思わなかったけれど。
相応しくない。そう考えるのに確かに喜んでいる感情を知覚していて、それももうすぐ燃え尽きてしまうものたちの中にあるのだと思えば苦ではない。
緩やかに眠る時間を増やしていく主の声を聴きながら、ややこに笑いかけて無垢に伸ばされた掌に指を絡める。幸せだ、と独りごちた。





あなたは先代に似ているというひとと、先代とは似ていないと言うひとが半分ずつくらい、ということは私はそこそこ似ているのだろう。顔も知らない、親かクローンか養子かも分からない、戸籍上は親である先代に。
先代と撮ったという写真も見せてもらったし、限定任務の資料には動画で姿も写っていた。それらを見たって実感としては似ているか分からないし、戦略だとか運営方針はありがたく参考にさせてもらっていたけど慣れてからは逆の方針をとっている。手探りで進むという経験がないくせにと政府から棘のある文書は胴田貫が破り捨てるし、若いくせに所持が多いとやっかまれれば宗三が三倍くらいにして言い返してくれる。
まあそんな調子で今日も普通に審神者ができています、と手を合わせた。手作りだという仏壇は検索して見たどの画像よりもごちゃごちゃしていて派手で賑やかだ。一房の真っ黒な髪と黒く焼け焦げて艶の消えた短刀一振りの収まるそこは、花と焼き菓子と果物とでいつも埋もれかけている。
ひそりと目を開けて、隣を見やる。私の初期刀、初めて私の霊力で顕現の許された刀。先代と一緒に燃えた刀の、二振り目。まるで仏壇の中と会話をしているかのように、長く長く手を合わせている。その間はいつも暇で、手持ち無沙汰に座布団から尻をずらし足を崩した。怖い顔の小夜はまだ手を合わせている。恨むように、妬むように、悲しそうに見える気がするけれど、理由を訊いても教えてくれないのは幼い頃から知っている。全部気のせいで、小夜は故人を前にするとどうしてもこんな顔になるのかもしれない、なんて確かめようもないことを考えていれば障子が遠慮なく開けられて歌仙が眉を歪める。黙って崩した足を正座に戻せば、よろしいと言う代わりに微笑んだ歌仙が手に持っていた盆を仏壇の前に置いた。小さな食器に、ほんの少しずつの朝食。焼き魚の匂いに腹が鳴りそうで、小夜をつついて促してから立ち上がる。手を合わせる歌仙を置いたまま小夜を振り向けば、ただ静かに、私を見上げていた。それに満足して食堂に向かう。
やっぱり似てるねと歌仙が静かに呟いた。


19.07.12



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