はなし

□キャンディみたいな夏だった
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「俺、あんず飴食べてみたいんだよね。あとラムネ飲んでみたい! それと綿あめも食べたいしー……」
「全部甘いのはちょっと……私はとりあえずたこ焼きで」
「あ! ちょうどそこにたこ焼きあるよ!」

店長が露店を出していた、どうにか太鼓の音が聞こえるような場所とは全く違う。神社の敷地に入る前から人混みはひどくなり、お互いに避けるようなしぐさをしなければ肩がぶつかってしまうほどだった。当然二人組で並んで来ていたとしても流されて離れそうになる。当然のように組んだままの腕をつつくもニコリと笑って済まされた。困った。買い物の時には外れるだろうと思いたい。じゃないと私知り合いにあったらこの辺歩けなくなる。
食べたいものが沢山あるのだからと一つだけを購入し、腕を組む代わりに一つのパックを一緒に持ちながら端に寄って一緒につついた。不思議なものが掛かっているような屋台ではなくスタンダードな味で、美味しい美味しいと言い合いながら口に突っ込んでいれば八個入りなんてすぐに空になってしまう。ゴミを捨てるついでに鳥居をくぐり、いよいよ本格的な祭囃子の中に二人で身を投じる。
ただでさえ薄かった現実味が、ますます薄れてゆく。慣れない石畳を踏む足が浮ついている気がして、加州さんのコートの裾を引けば当然のように手を握られた。それに安心して、どうせ人混みの中だと見られる心配を捨ててゆらゆら歩く。

「あ! あれ欲しい。水ヨーヨー?」
「えー」
「えーじゃなくて行くのー」
「あれ子ども向けですって……」
「かわいくて楽しければいーのー」

食べ物やくじ引きと違い大してできていなかった列に並び、子どもから不審げな視線をいただきながら耐えて涼しげな水槽の前にしゃがむ。財布を出す前に加州さんが小銭を差し出してしまっていたので、お礼の気持ちも込めて二人分のこよりを受け取ってねじねじと魔改造を施しておく。ますます子どもたちの熱視線を感じるのはなんでだ。

「え、なにしてんのそれ」
「こうしとくと濡れてもだいぶ持つんです。収穫ひとつなんて情けない結果は嫌ですし、最低三つは取りますよ」
「なんだぁ、意外と乗り気じゃん」
「全力で遊ばないって遊んでる意味ないじゃないですか? はい、どうぞ」
「ありがと。んじゃあ、狩りますか……!」

ハイヒールでよくぞまあと思えるほどの前傾姿勢で物色を始めた加州さんに倣い、身を乗り出して手ごろそうなヨーヨーを物色する。柄は問わない、数で勝負する。
こそこそと覗き見ていた後ろの子どもたちにも見えるようにと膝をついて位置を変え、ついでに見えたゴムの輪っかに垂直にひっかけてまたひとつ収穫した。
店の方に睨まれつつも二人で水槽をぐるぐる回り、どうにも輪が水没してしまっているものが増えてしまってからはいっそのことチャレンジして撃沈した。近くの浴衣の女の子が私の代わりに収穫物を持って数えていてくれたのだけれども、まあ、七つなら上々の結果か。
色もばらけたなあ、とふくふくと戦果を眺めているうち、隣から「あー!」という至極残念そうな悲鳴が上がる。

「うー、あの透明の欲しかったんだけど」
「深追いしましたね……?」
「くッ……もう一回!」
「しません」

唇をとがらせて風船を睨む加州さんの膝にはすでに三つのヨーヨーがあるのだ。二人で十個の水ヨーヨーを抱えて、祭りを楽しめようはずもない。
ひとつずつ好きな柄のものを指にひっかけて、他のものはひとつしか取れなかったらしい子たちに配った。途端なんだこの大人的な視線から尊敬するような視線に変わるのだからちょろい。

「ねね、これってどう遊ぶのが正解なの」
「さっきから思ってたんですが、もしかして箱入り息子さんとかです?」
「うーん……見てたけどこうして遊ぶのは初めて、みたいな?」
「……焼き鳥奢ります……」

人混みの隙間を縫って水ヨーヨーをバシャバシャいわせて見せて、すぐにコツを掴んだ加州さんは歩きながらも遊んでいる。
味の薄い焼き鳥にケチをつけたり、三色の綿あめを分け合ってみたり、青のり過多な焼きそばに文句をつけ、あんず飴はなかったので小さなリンゴ飴をふたつ買ってどう食べるべきか議論した。結局正解の食べ方なんて分かるはずもなく、火の通りかけたリンゴが不味いことくらいしか分からなかったけれども。
ふと、切っ掛けもなく、私は何をしているのだろうと考える。今日の予定では店長の手伝いをして、たこ焼きぐらいは離れた屋台で買って多少の祭り気分を味わってそうしたらひとりで帰ってさみしく寝てしまう予定だったというのに。随分とまあ充実した日に変貌したことか。
手荷物とヨーヨーをひとまとめに持ったのは失敗だったと、隙をみて繋がれた手を思い切り振って抗議しながら思う。彼が相変わらず楽しそうなことは何よりだ。なのだが落ち着かない。
でも、祭りももう終わる。人混みは減らないけれども勢いはどこか失せてきていた。

「あと何してませんっけ」
「うーん、金魚掬いとか気になるけど飼えないからなー、俺んとこ。これ以上食べるとただでさえやばいのに太っちゃうしー」
「加州さんはもっと食べるべき」
「やーめーてー、可愛くなくなっちゃうじゃん! 俺上司に捨てられたくないー! あの人ももっと食えって言うけどー!」
「よしならば今川焼行きますか。……そういえば、時間いいんですか?」

この祭り会場は何の変哲もない住宅街の神社なもので、防犯カメラはあっても時計だとかいった便利なものは無い。近くの小さな川でする灯篭流しのアナウンスくらいでしか時間を確認するものがないし、待機なのだと言っていた加州さんは困るだろう。そう思って時計を確認しようと手荷物を漁っていれば、いーのいーのと呑気に水ヨーヨーを揺らした加州さんが輪をかけて呑気に笑う。また現実味がぐらつく。どうして私は、こんなにきれいな人と並んで焼きモロコシを食べていられてるんだろうか。

「祭りだからね」

ばしゃばしゃと、すっかり上達した手つきで水色のヨーヨーを揺らして加州さんが言う。妙に通る声に鞄から顔を上げて彼を見た。目線は合わなかったけれどもひどく楽しそうだ。

「さっきも話してた上司との待ち合わせ、どうせこの辺だから遊んでてもいーの。俺も祭りの日のほうが都合よかったしね。おねーさんみたいな人と知り合えたし? 俺もこんなに出歩けたし」
「……何か、こう、腑に落ちませぬ」
「ぬ?」
「ぬうう……私は小倉バターで……」
「なにそれ?」

笑いの膨らんでいく加州さんを連れだって、味のバリエーションがやたらと多い屋台に並ぶ。結局三つ購入することにして、今は空だろう本尊の近くの石垣に並んで腰かけて三つすべてを半分に割って分け合って食べてみる。奥まったところだからか妙に人も少なく、さっきまでは張り上げていた声を逆に潜めながら今川焼の批評をする。これはおいしい、これはいまいち、これはなんかすごいと顔を寄せて話しながら買ったものを消化する。しょっぱいの食べたい、とお互いに言いだしてしまって腹具合を気にしつつも結局焼き鳥を一本ずつ買ってきてまた同じ場所に座り、やり残したことはないかだとかをまたこそこそと顔を寄せて話して、なんせ今日が初対面なのでそれも済んでしまえば流石に話すことも無くなる。けれどもどうしようもないので並んで座ったままぼんやりと彼に視線を向ける。私と同じほどには気まずさもないようで、少し頬を緩めて同じようにぼんやりしているようだった。私の視線を追うようにこちらを向いて、にっこりと明確な笑顔までいただいた。

「今日はほんっとーにありがとね。買い物付き合ってもらっちゃったし、祭りも一緒に来てくれたしさ」
「どうせ暇で寂しいぼっちですもの」
「もー、そんなこと言わないでよ。俺、ほんと楽しかったんだよ?」
「私もですよ」

祭りの日に店番をするような奴の性格を、コミュニケーション能力を見誤ってはいけない。どうにかお礼を言おうとした結果がこれである。
だいぶそっけない返答になってしまったというのに彼の笑いはますます大きくなり、ついには声を潜めもせずに笑い出してしまった。だれかれに迷惑が掛かるわけでもないがそりゃあもうばつが悪い。「拗ねてます」と示すために彼を睨んで、一通り笑った加州さんが今度は手荷物を、というかプレゼントだと言っていたお店の袋を開けてしまってひょいと小さな袋を取り出す。プレゼントにしては粗雑な英字新聞包みを開いて現れたのは、最後まで悩んでいたヘアピンの片方だ。装飾がきらきらと電飾を反射するのをぼんやりと見ていれば、ぐいと距離を縮めた加州さんが手早く私の前髪を軽く梳いて取り付ける。実に鮮やかで手馴れていて素早かった。避けたりだとか訊いたりだとかをとことんし損ねるくらいには。

「ん! こっちは君に似合うと思ってたんだよね。やっぱ似合ってる!」
「いやいやいや、二つとも上司さんにあげてくださいよ」
「君に買ったのをあげらんないってー」
「う……じゃあお金を……」
「今日のお礼だからいいの」
「いえ、でも」

ピンを取ろうと上げた手はあっさりと加州さんに掴まれ、だーめ、と微笑んで止められてしまってはどうしようもなくなる。
けれども、貰ってしまうと困るのだ。こんなに非現実的な日が本当に合った物証になってしまう。妙に楽しく過ごしてしまった祭りの日が忘れにくくなってしまう。そうしたら、とても困るのだ。

「あー、時間そろそろだわ。送ってあげられなくてごめんね?」
「え、待ってくだ、」
「また俺に会ったらよろしくね」

唐突に立ち上がった加州さんが私の手を離し、その場でくるりと身をひるがえす。彼のコートが綺麗に翻って、目の前が一時真っ暗になった次の瞬間には彼は目の前から消えていた。
中途半端に延ばしていた手を下ろしてあたりに目をやる。先ほどと何も変わっていない。彼が綺麗に消えただけで。何がどうなったら人が消えるのかも何も分からないけれど、今、私はひとりだという事は分かる。止められなかった手を上げてピンをなぞって、ひとつ息をついてから石垣から腰を上げる。露店の片付けに戻って、店長に会って、柄ではないけれど彼のことを話したかった。
祭りの喧騒をひとりで抜ける。慣れた道は彼がいないだけで非常に現実的だった。





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