はなし

□キャンディみたいな夏だった
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ひたすら楽しそうな加州さんにもちろん土地勘はなく、まあ祭りだし、という至極曖昧な理由を自分に言い聞かせつつともかくは話に出ていた雑貨屋に足を向ける。
祭り限定の露店なんかとは比較にならないほどの品揃えと、可愛らしい小物にアクセサリーに柔らかい雰囲気のある店内。正直私なんかよりも加州さんのほうが店に馴染んで見える。
件の加州さんは店内の小物を眺めては私にも見せて、可愛い可愛いと連呼する。どうやら気に入ってもらえたようだと安心してアクセサリーコーナーへとまったり案内した。

「おー! 可愛いじゃん。さすがは店員さんのおすすめだね」
「ただの私の趣味ですけどね。いいのありました?」
「うん。これとかかわいくない?」

あとこれとか、と次々手に取り見せてくれるのを覗き込みながら検討して、上司さんは普段アクセサリーを好んでつけてはいないという話も踏まえてヘアピンに狙いを定め、ストーンや造花のついたそれらを手の上に並べて比べる。ちゃんと戻さないとなあ、と思いながら五つくらいの候補を三つに減らし、明かりにかざすようにして吟味する加州さんを横から見る。長期戦を見越してしゃがんだ体勢なもので、なかなかに距離は近い。祭りのお蔭か他のお客さんがいないのはありがたかった。座り込んでじっくり見ようとそうそう迷惑は掛からない。

「ゴールドとシルバーならどっちかなー」
「花モチーフ多いですね。お好きなんですか?」
「あんまり言わないけど、生け花とかあるとチラチラ見るんだよねー、ある……じゃなかった上司」
「ある……ぱか?」
「何そのピアスぶさかわいい! じゃなくてなんでアルパカ!」
「そこにあったから」

きりりと顔を作ってそう告げればもう、と呆れたような声を上げつつ笑ってくれたので、女友達と来ているような、それよりは浮かれたような複雑な気持ちでピアスを元の場所に戻す。穴は開けていないと露店で聞いていたし何より好みの偏りがひどいだろう、アルパカ。結構リアルな顔してるぞこのアルパカ。
なんだかんだと話しているうちに二択にまで絞られた候補を眺め、ううん、と加州さんが首をそれ以上曲げられなさそうなところまで曲げる。どうやら肩こりはお持ちでないらしい。
かざしたり近くで見たりを繰り返されているのはパールとビーズが交互に連なるように並んだものと、ストーンで出来た小さな花が付いたものだ。系統は同じだけれどもそれだけに決められないらしい。

「うーん、どっちかなんだけどなー、どっちもしっくりくるんだよなあー」
「私は時間ものすごく余ってるので、じっくり選んでください」
「えーヤダ。祭り見る時間なくなっちゃうじゃん」
「別に店長の言ってたこと真に受けなくていいんですからね、祭りなんて行かなくても生きていけますしいっそ一人で近くまで行って焼き鳥の食べ比べも出来ますし」
「だーめ! 一緒に行くったら行くの! 俺の中で決まってんの!」

あ、といかにも思いついたと言わんばかりの声を漏らした加州さんがぐるりと思い切りよくこちらを向く。ただでさえ近づいていたものだから、あまりの顔の近さに後ずさろうとして顔をがっしり掴まれた。がっしりだ。その仕草に色気は皆無のために特に意識せずに泳がせていた目を加州さんに合わせる。
さり、と髪を掠める音が耳元から聞こえる。

「うん、こっちの方が似合うね」

決ーめたっ、と言いながら引いていく手にはフラワーモチーフのピンが挟まれている。やっぱり花なのか、というか。

「……参考になります?」
「なったなった。すっごい可愛いよ」

いい笑顔でそう言われても困る。いや、私なんかで役に立ったのなら本望なのだけれど。
どうにも腑に落ちない気持ちでレジに颯爽と向かう背中を見送り、さて、と思う。
さて、これで当初の目的は果たしたのだ。わざわざ初対面の私と祭りなんて充実しまくったイベントに行く必要もないのだろうけれども。

「よし!それじゃ行こっか」

当然のように組まれた腕を引かれ、結局反論も出来ずにありがとうございました、という声を背に祭囃子の聴こえる方へと引っ張られていく。朝に立てていたどうしようもない予定からあまりにかけ離れ過ぎていて違和感ばかりだ。
違和感、と言ってしまうと違うだろうか。一番近いのは、期待、だろうか。あんまりにいつもと違うからだろうか。
なんだこれ、と冷静に思いつつ、まあいいか、という受け身寄りの思考に傾きかける。
なんかもう、彼が楽しそうならいいか。




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