はなし

□キャンディみたいな夏だった
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とても、気になったのだ。
こんな軒先のアクセサリーの出店に立ち寄るのは若い夫婦とか、カップルがお互いに送りあうだとかそういった目的が多いのだけれども、それでもまあ一人で吟味する人ももちろんいる。けれどもその青年はあからさまに女性向けのものを、女性ものですらも似合いそうだけれども明らかに趣味ではないものばかりを手に取って、うんうん唸りながらずっと悩んでいるのだ。
年は私と同じくらいだろうか。綺麗な顔、綺麗な長い黒髪に独特の服装はファッションにこだわりがあることが見て取れて、中途半端に口を出しても私なんかの話はとっても無駄な気はするが物色する様子は堅い感じもなくて、他のお客さんに場所を譲ったりだとかもしているようだったので追い払ったりも出来ない。
カップルが三組立ち去るくらいに時間が経ってもそうしていて、店番の私がちょこちょこと商品を整えようともピアスを裏返したりブレスレットをかざしてみたりを繰り返している。これが自分以外の意見は聞く気もありませんみたいな人物なら放って置けたのだ。けれども気になってしまったのだから仕方なしに、これ以上店先で唸られるのも私の気が散ってしまってしょうがないのだと自分を叱咤し意を決して声を掛けた。正直接客はものすごく苦手なのだけれども。

「何かお探しですか?」
「あっ、ごめんね。邪魔だった?」
「いいえ、むしろ立ち寄ってくれる方が増えて助かってます。プレゼントですか?」

客の居ない店というのは人が来ないものだし、この小奇麗なお客さんならむしろ宣伝にもなっている様子だ。怠けることは出来なくなったが売り上げが増えるのは事実であり有難いもので、ひそかに恩返しの気持ちも込めての声掛けであったりもする。
プレゼント、の言葉に顔をほころばせた彼は案外幼く頷いてみせ、手にしていたブレスレットをこちらに差し出しながら「すっごくお世話になってる人にあげたいんだけど、悩んじゃってさー」と気軽に私に話しかける。気難しくなさそうな人で良かったと安堵しながら差し出されたブレスレットを検分した。観察していたあたりから思っていたが、大ぶりのものが多いこの店の中でも華奢なデザインのものを見繕っていたようだ。

「自分のだったらここまで悩まないんだけどね。こういうの付けてるとこあんま見たことないし……うーん、これくらいなら気にならなくていいかと思ったんだけど」
「あの、どんな方ですか?」

服の好みも仕事も知らずに選ぶのでは見当違いになってしまいそうで、少し失礼かもしれないと思いながらそう訊けば別段気にした風もなく、というよりもむしろ嬉しそうにうんとねえ、と彼が中空を見ながら言葉を探している。商品を吟味する目だとか、こうして思い起こすときの彼の様子があまりに幸せそうなもので、その人のことをとても大切に思っているのが伝わるようだ。日頃仕事をしない私の表情筋もつられそうになる。

「仕事熱心で、公私だいぶいい加減でー。そうだな、雰囲気とかは君に似てるかも」
「うーん……服とか見ないと分かりませんけど、それならあっちの角の雑貨屋とかのほうが向いてるかもしれませんよ」
「……君、ここの店員だよね?」
「気に入ったものを貰うのが一番に決まってますから」

顔をきりっと作って彼の方に振り返ればなにそれ、と笑ってもらえ、話す際の心地よさに少し店番をやっていてよかったと思う。ほとんど押し付けられたような感じで立っているけれども。いや、店長に暇なんでしょと言われて即答できなかった私も悪いけども。
具体的にどんなものがいいのか訊く前に背後から肩を組まれ、遠慮も何もなく体重が掛けられた。不意の割に覚えがありすぎる行動に、振り返って文句を言おうとするが伸し掛かる彼女が先に声を出す。

「そこのかわいいお兄さん、お兄さんならこれとかも行けると思いますよー。それともナンパ? もしかしてうちの子の逆ナン? やだわー破廉恥ー」
「店長おかえりなさい、帰っていいです?」
「え、俺かわいい? ほんと?」
「これ付けたらもっとかわいいよ!」
「商法あからさま過ぎませんか」
「えー、じゃあ右の赤いやつ買っちゃおっかな!」
「ちょろ過ぎませんか」

確かに彼に似合いそうなデザインのイヤリングだけれども。値段もぼったくるどころか二割引きくらいで交渉していて良心的だけれども。プレゼントはいいんですか、と思わず声を掛けてしまえば予算はまだあると胸を張って宣言されたけれども違うそうじゃない。なんだかもう心配だ。
私の心配をよそに、青年は突然現れて馴れ馴れしく会話に混じり始めた店長ともとっても自然に話し始める。本当に人見知りなどとは無縁の人柄なようだ。

「お客さん、観光でこのへん来たの?」
「ううん、お仕事。上司の付き添いみたいなものかな。ま、ここまで送っちゃったら待機なんだけど」
「なるほどなるほど。この時期にここまで来る人って珍しいからさー、納得したよ。あっちの祭りは見てかないの? 派手なのはないけど獅子舞とかあるよ」
「お社に近づけばこんな小さいやつよりも立派な出店もありますよ」
「それ言っていいやつなの?」
「だめに決まってるでしょ」

またこの子は、と向けられる店長からの視線をそっぽを向くことで誤魔化して適当に商品を弄る。もっぱらこれらをいじった彼は律儀にも綺麗に戻してくれていたのでろくに直すところはないので形ばかりだ。せっかくだからと棚からあぶれたブレスレットをレインボーに配置しておく。

「それで、待機の間はこの辺にいなきゃないとか?」
「うーうん。時間もだいたい決まってるしそれまでは自由にしてろってさ。だから今のうちに上司へのプレゼント買っちゃおっかなーって、お姉さんに絡んでたんだけど」
「じゃあうちの子貸し出す? プレゼントならそこの角のお店がおすすめよ。包装可愛いの」
「いえなんでそうなるんです」
「ついでにお祭り見てきたら? この子かわいそうなのよ、祭りの日に店番頼んだら暇だから大丈夫だって即答なのよ。頼んだの私だけど」
「事実ですし」
「うわー、それはさみしいわあ……」
「裏切らないでくださいお客さん」
「あ。加州でいいよ」
「そうかそうか、加州君みたいな可愛くて愛想のいい部下を持った上司さんは幸せものねえ」

それに比べてうちのは、とでも言いたげな店長の視線を受け流していれば、ニコリと笑った彼女にお正月の残りみたいなポチ袋を手渡されてついでに背中をぐいぐい押され、商品棚から物理的に離される。

「はい、今日のお給料先払い。これでデートでも相談でもしてきな、ね? 灯篭流しが終わった頃に閉店の手伝いに帰って来てね!」
「いや、手、足りてないとか言ってませんでした?」
「出すのと仕舞うのやってくれれば後いいかなって」
「なら堂々と席外さないでくださいよ……」
「俺も一人は寂しいし、お姉さんが来てくれたらうれしいんだけどなー」
「………」

どうしてふたり同時にこちらばかり見るのか。私が悪いみたいな風にこちらを見つめ続けるのか。
生憎、私は初対面の異性と祭りに行けるようなラフな神経ではないのだ。愛想も振り撒けないボッチ店員として祭りの日を過ごすと決めていたくらいだ、それがこんな風に急に遊んで来いなんて言われて気持ちを切り替えられようものか。
遠くの祭囃子を聴きながら適当な言い訳を必死に考えて、思いつく前にクイと袖を引かれた。服を引く加州さんがにっこり笑う。正直眩すぎる。

「んじゃ、借りてくねー」
「うん。いってらっしゃーい」
「私の意見は……」




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