はなし

□ポチがポチ
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「こうなること想像しなかったのか?全く?ゼロで?」

腕が動かない、ひとまとめに留められているからだ。腰も動けない、抑えられている。足だって踏ん張れなくて動けないし、そもそも驚いていたから暴れて逃げようという考えが抜けていた。私に乗っかっている彼がそれを示唆して、ようやくその可能性が頭に浮かんだけれども、やっぱり動こうとは思わなかった。
彼の尖った爪が手首に食い込む感触に降りてくる顔の近さ。息の温度まで伝わりそうな距離に、目を反らしたら可哀想だろうかなんて考えが浮かんでじっと見返す。

「……だって、ポチだし?」

生肉でも美味しく頂けそうなその表情が、舌なめずりでもする前にすっと真顔になるなり私の上から離れていく。舌打ちと同時に手の拘束もなくなり、痛みの残らない手を何となくさすりながら起き上がる頃にはポチは玄関へと向かうところだった。ポチ、と呼んでいるけれども確かに男性で、女子高生の私の自宅に居るのはだいぶあれなんじゃないかと最近冷静になりかけていたけれども、上の発言の通りポチだしで受け入れていた。それが今日は飼い主に乗っかり脅すように唸り、挙句何もせず起き上がり家を出ようとしている。何か声を掛けるべきなのだろうか、引き留めずに彼が出ていくべきなのだろうか、ともやもや考えたけれども、いざ口を開いて出てきた言葉はどこにも関係の無い言葉だった。

「あの、今日はすき焼きにしようと思ってたんだけど」
「……肉は俺が買ってくる。お前肉だけ目利き下手すぎんだよ」
「うん。分かった」
「おう」

ポチが当然のように帰る予定を言ってから、玄関の戸をくぐった。ゆっくりと衝撃を逃がしながら閉じる戸を眺めつつ、いつもと少し違うけれども結局いつも通りに出ていった、確かに人間の背中を思いながら立ち上がる。あれのおかげで遅刻寸前だ。いつもよりは早く起きれていたのに、と恨んだって、ペットの言動も同居人の衝動も分かるはずはないので仕方ないのだけれども。
散らばっていた鞄と鍵を引っ掴んでいつも通りに焦りつつ家を出た。彼が帰ってくることを疑わずに。







あんなふうに警戒が足りないみたいな指摘をされたけれども、それは私のせいだけじゃないと思うのだ。

「帰った」
「おかえりなさい、ところで卵が切れましたどうしよう?」
「はあ?しゃーねーな、六個のやつでいいか」
「……十個でもいいかな?」
「へいへい」

私が決して買わないようなお高そうな包装に包まれた肉を手渡して、当然のようにくるりと引き返して玄関に向かう背中を見てしみじみ思った。私悪くない。こんなにも自然に馴染んで生活していれば、警戒なんて緩むに決まっている。そもそもが、ちょっとくらい噛まれたって別にそんなに困らない。そんなことを言ったらポチはぶっすりと拗ねて二本足で出ていってしまうのだろうけれども。
受け取った霜の見える肉を、申し訳ない気持ちが湧くほど私に馴染みのある味付けにしている鍋へと投下する。勿論こんにゃくとは離して、ポチがひとりでは消化しきれない量の卵を片手に帰る頃には食べ頃になるようにホットプレートに蓋をして。

「腹減った!おい早く食うぞ、肉!」
「早過ぎ、煮えてない!」



18.11.09
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