はなし

□落ちるもの
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主の部屋に集まった通称ときめき会にて、乱がテレビを眺めながら「素敵……」とうっとりと呟く。男女がひとつの傘で歩む様を同じように眺め、力を込めて頷いた。
服が変わり、化粧が変わり、好まれるおなごの容姿が変われども雨避けの道具はさして変わらず、画面の中では体格差のある男女がひとつの傘に入るために密着してゆっくりと歩く映像が流れている。折りたたむ形状のそれは面積が狭く、必然的に体を寄せ合い歩幅を合わせる姿は何とも微笑ましいものである。

「ベタだけど、そこがいいのよねぇ」
「だよねだよね!顎クイとか壁ドンとか流行ったけど、あれってやっぱり付き合ってたりしないと不自然じゃない?少女漫画の醍醐味って片思いでしょ!肩がぶつかるだけでドキドキする初々しさ!」
「乱ちゃん、名前の割にピュア系好きよね」
「くっついてからはイマイチになるのが多いのも問題だと思うぞ、俺は」
「そうそう、とにかく、初々しいのが見たいのにさぁー」

はふぅ、と少女のような吐息で頬杖を付いた乱は一息入れるように磁器の湯呑みを傾け紅茶を口に含む。俺の着付けを手伝ってくれる時にも細かなこだわりを見せる乱はこの会合にももちろんこだわりを持っており、今この場には彼や主が可愛いと認めた茶器しか広げられていない。煎餅を所望した時ですら動物型にくり抜かれた可愛らしいものが登場した徹底ぶりである。
さて、今日の茶請けは歌仙特製の柚子まどれーぬである。爽やかな香りを楽しみながらそれを食していれば、同じようにまどれーぬをつまんではいるが俺の倍ほどの速さで消化していた主がてらてら光る指のままに「そうだ」とぽんと手を合わせた。

「雨、降らせちゃおう」
「え!今?」
「今」
「出来るのか?」
「ちょっと景観いじって、御手杵に手伝ってもらえれば多分ね」

前にも日照りが続いた時にやったんだよね、とあっけらかんと答える主はからくりを取り出し、遠征部隊も帰ってくる時間だなとにやりと笑う。

「喜べ乱。今日の遠征部隊は一期、物吉、山姥切の王子様チームだ」
「主、ほんとっ?じゃあボク傘持って迎えに行くね!」
「慌てたていで二本にしなさいね。あとからおじいちゃんが一本を持って追いかければ完璧よ」
「主はこういうことになると目の色が変わるなぁ」
「ときめきイベントを見るためなら手段は問わないわ。それが戦場よ」

ここは戦場とは繋がってはいるが安全な本丸である。だが、時として戦わねばならぬ場合はしばしばあるものだ。
直接は戦わぬのが審神者であるはずだが、妙に経験豊かなこのおなごが言うと真に迫るなにかを感じるものである。
あと数分云々ととからくりの画面を見て逆算した主が忙しげに御手杵を探しに向かい、乱が足音軽く納屋へと向かう。そうそう急ぐ必要も無い俺は外を見やりながら玄関へと向かい、心地よく晴れた青空の遠くで雷がゴロゴロと唸るのを見守った。やがてぼつり、と大粒揃いの雨が降り始め、飛び石の色を着実に変えていく。三本の傘を携えてひょこりと顔を覗かせた乱は目を丸くして軒先の雨垂れに手を伸ばし、ひゃあと小さく悲鳴を上げて喜んだ。流石の仕草だと感心しながらその様子にほっこりする。男だが。

「わー、ほんとに降っちゃった。厩と畑当番大丈夫かな」
「まあ、すぐやむだろうさ。それにしても見事な狐の嫁入りよなぁ」
「狐かぁ、鳴狐おじさん濡れてないといいけど。……あ、来た!」

太刀の俺にはとんと分からないけれども、乱には雨にけぶる正門に人影が見えたようだ。大太刀でも悠々と入れそうな傘をひとつ抱え、ひとつを不格好にさしながら駆け出す。それに続くかとひとつ残された傘を開いていれば、戻ってきた主が滑り込むように傘に入り「出迎えに行きましょっか」としれっと髪を整えた。
主の歩幅と背丈に合わせ、しずしずと石を踏み進む。彼女が遠慮もなく肩を寄せて歩くものだからどうにも足が運びづらく、ようやっと正門の前に着く頃には四人が門の影でなにやら相談しているらしかった。びしゃりと主が水たまりを蹴る音に反応したのは山姥切で、こちらを向くと普段以上のしかめっ面が布の下でも分かるほどひどい有様に変化した。

「よっ、おかえりなさい。戦果はどんなもんだった?」
「大成功です!お札もありますよ!」
「物吉よくやった!手伝い札はあって困らない!」

手に手を取って喜んでいる主と物吉、兄を労る乱、となればあぶれた山姥切に労りの言葉を掛けるのが筋というものだろう。けして他意はないという顔を作り、乱の抱える傘を見ている山姥切のそばまで歩んでからその顔を覗き見る。多少濡れたらしく重そうに垂れるぼろ布で常以上に顔が隠れているが、疲れた様子と困った気配くらいはどうにか読み取れた。

「やぁ、災難だなぁ。こうも急に降って来るとは。疲れてはないか?」
「……ああ、もう部屋に戻りたい」
「やや、珍しいな!山姥切のの我侭とは。どれ、じじいが玄関まで送ってやろう」
「いい。ひとりで充分だ」
「濡れてしまうだろう。ほれ」
「俺は濡れても構わない」
「主命です、傘に入って体を冷やさずに帰ること!」

手刀で物理的に会話に割り込んだ主は、とてもにやついている。漫画を前にした時のようなその表情は楽しくてたまらないといった様子だ。なるほど揉めるのも醍醐味のひとつだなと納得しつつ、とても不服そうな山姥切が頬を噛むのを見てしまいこちらの頬が緩んだ。乱や俺を待つことなく帰っていればこうもわいのと騒ぐこともなかったろうに実に律儀ではないか。

「だが、傘がないだろう」
「はーい!二本しか持てなかったから、おじいちゃんと合わせて三本だね。じゃあ二人ずつ相合傘すればいいよね?」

隠しているらしいがあからさまな目配せを交わす主と乱に、なにやら悟ったらしい一期一振が心得たように頷きつつ「ならば私と主、物吉殿と乱、山姥切殿と三日月殿で入ればいい塩梅でしょうな」と追撃を加え、なおかつ主の肩を抱き込みつつさっさと足を玄関へと向けてしまった。乱ももちろん機を逃すまいと物吉と腕を組んで強引に雨の中へと駆けていく。
雨音のおかげか密やかに聞こえる二組の話し声を聞きながら、手元に残った唯一の傘を開いて雨垂れに晒した。ぼつ、ぼつ、と案外に大きい音を聞きながら、だんまりと俯く山姥切に俺達も行くかと声を掛ける。それでも動こうとしない彼に構わず踏み出せば、慌てたように入り込んできたのを笑って迎え入れてやる。
男ひとりなら余裕のあるくらいの傘も、ふたり並ぶとなれば思っていた以上に狭いものになる。肩が触れ合わないようにと距離をとろうとする山姥切が隣となればなおさらだ。もとより大した距離ではないからと、手元の傘の柄を山姥切へと傾けて無言のままに歩を進め、無事玄関へと送り届ける頃には雨を浴びた左肩がひんやりとした。

「やっとのおかえりだなあ」
「ただいま戻った。……俺なんかと傘に入ることになってしまって悪かったな」
「いやあ、楽しかったぞ?あのまま庭を散策しても良かったが、お前は疲れてるだろうしな」
「……何も話してないから退屈だっただろ」
「雨の音がひどくて分からんかったなあ」
「なら俺でなくとも良かっただろう」
「山姥切のがよかったのだが」

おや、このやり取りは漫画のようではないか。流石は相合傘、傘を抜けても肩が触れ合わずとも残り香を残すとは。
先に帰った二組がそのまま奥に消えたのも効いているのだろうか、バサバサと傘の水気を切り次の使用に備えるという色気のないことをしていても山姥切は立ち去らずに待っており、行こうかという声にも応えてくれ半歩後ろに張り付くようにしてついてくる。
懐かれただろうかと嬉しくなってふふふと笑えば、山姥切がこちらを覗くようにしてくれたので尚更嬉しくなった。会話もままならなかった数日前と比べて、なんと打ち解けたことだろうか。やはり相合傘は素晴らしい。
この時背後に立つことを選んだ山姥切がどんな顔をしているのか、いや、いつでも、山姥切が何を思っているのか訊かなかった己の未熟さに後悔するのはすぐだった。






「あんたら、俺を嘲笑ってるだろう」

珍しく目をまっすぐ見てくるものだから、ほんの少し、期待していたのだ。
遠征帰りの疲れをおして山姥切からの呼び出しに応じたものの、人気のない空き部屋で告げられたのは上のようなものだ。
高鳴らせていた鼓動が静かに落ち着いていくのを感じながら、貴重な、正面に座り俺を直視している山姥切を見つめ返し心を傾ける。短刀たちがこぞって出陣しているためか今の時分には珍しく静かである。

「あんたみたいな名刀にとってはほんの遊びかもしれないな。一度や二度なら何も言わず耐えるつもりだったが、こうも毎日では流石に黙ってはいられなくなった」
「そうか……」
「主や乱と親しくしているのを咎める資格なんて俺にはないし、それぞれ話すのなら勝手にすればいい、だが、俺の方を見ながら陰口を言うのはやめてくれ。気に食わないことがあるならせめて直接教えてくれ。そうすればあんたの視界に入らないようにだとか対処ができる」
「うむ」

ほろほろと漏らされる本音は多岐に渡り、詳細までも告げられ、あの時はそう見えていたのかと場違いに感心しながら聞き込む。
戦装束で畑に入られると高価な布が汚れるのが見えて胃が痛くなるからやめるように、あと手ぬぐいか懐紙は持ち歩くように。ひとひとりを受け止めるのは結構な衝撃があるのだから気軽にしないように、怪我のもとだとか。頭を撫でられるのは慣れないので怖い、主の元でくつろぐのはいいが書き物を邪魔しないよう、わざわざ濡れに来るような出迎えはやめて欲しい。
細やかな要望は非難というよりはつれづれとした手記のような話に、俺のふとした行為がどれほど山姥切のに響いていたのかを悪い意味で実感する。

もとより、己の憧れる状況を求めて始めた構い方だ。俺や主で話している分には存分に楽しめたが、常が大人しい山姥切が思い悩むのなど分かりそうなことだった。あれだけの書物を参考にしていて、俺は何も得られていない。

「すまなかったな、俺のようなじじいはお前のように物事を感じられんのだ。お前を見ていれば機微にも気付けて心温かくなれていたもので……そうだな、不快だったろう」

小さく小さくなった山姥切は顔を伏せ、首を縦にも横にも振らない。これだけのことを話してくれることが珍しいことだ、これ以上彼に気持ちを訊くのも酷だろう。
そうだ、俺が今まで読んできた書物に出てきた者達とて思いを伝えるのにあれほど苦しんでいたのだ。彼の負担は計り知れない。

「ほんにすまなかったな……これからは気を付けよう」
「あ、ああ」
「これからは山姥切の為になるよう、尽力しよう」
「そうか」

疲れ果てたのであろう、気も散漫に頷く山姥切に同じく頷き、手始めに先に立ち上がり彼に手を差し出して助け起こしてやる。力ない声で礼を言う姿はあまりに儚く、あらためて己のしでかした事を実感しながら、そのしらじらと冷えた手をそっと握った。
これまでとは違い、明確に守らねば、と心を固める。今までの分も、これからも。





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