はなし

□落ちるもの
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紫と赤と緑の密集する畑に座り込んだ白い塊。思わず「盛が出るなぁ、山姥切」と声を掛ければ、ちらりと視線が向いた後にまた黙々と茄子を採る。それでそれが黙礼だったのだと知り、しかとではないのだからと畑にしゃがみこんで彼の手元を見た。つやつやと膨れた茄子が籠の中で山となり、崩れそうに見えて山はまだ標高を高くする。この一抱えほどの籠に本丸の人数分を積むつもりだろうか。

「茄子か。茄子は揚びたしが旨いな」
「何になるかまでは知らないぞ。俺は燭台切に頼まれただけだ」
「……食いたくはないか?」
「漬物がいい」
「ぬう」

にべもなく振られてよよ、と泣いたふりをして見せれば、一応言うだけだからなと呆れながらのフォローも忘れない。流石だなぁ、と頷いて、二つ目の籠に手を伸ばした彼に目を向けて驚いた。

頬に、これみよがしに泥がついている、だと。

照りつける日差しの中の畑作業でも被る布は外さずすっぽりと垂れており、そのおかげか真っ白でまろいままの頬に思い切りよくべっとりとした泥がこれみよがしとこびり付いている。汗を拭うついでか、布を触った拍子かで付いたのだろうがそれにしても景気のいい付き方だ。
これは拭いてやるべきかと考えて、手拭いのたぐいを身につけていないことに気付いてふむうと悩む。ここは教えてやるだけにすべきか、いやだがおいしい状況だ。

「山姥切の、ちといいかな?」

よいしょよいしょと細々したものをまたぎながら歩み寄ると、俺の足元を見た彼が慌てたようにおい、と声を上げる。水を撒いた後の畑だ。彼の頬と同じように泥でも付いたのだろうがそれどころではない。いや、少し、主に叱られるかもしれんが情報提供すればちゃらだろうか。
ようやっと来れた隣に腰を下ろし、布を避けて手をそのかんばせに向けて差し入れる。身を引こうとする彼に構わず己の服の袖を指先に引っ掛けて頬をくいと拭いてやる、が、どうにも取れない。もう一度擦ってみるころには山姥切も意図に気付いたようで、手を避けることは諦めたらしい。顔半分は布で覆うようにして抵抗しているようだが。
だが乾きかけの泥はなかなか落ちず、不満な結果になったところでむうと手を引く。

「泥を取ってやりたかったのだが、うむ、風呂に入るのが早そうだ」
「あんた、足元を見てみろ。袖もだが自分の服を汚してまですることじゃないだろ。そもそも戦衣装で畑に入るなんて、」
「はっはっは、頑張っている山姥切を見かけたら構いたくなったのでなぁ」
「……写しの俺を構っても何も無いだろうに」
「ははは、愛いなぁ」

写しが、写しを、と、ことあるごとに己の出生を引き合いに出すのは以前からだ。
生まれを憂いても切れ味は変わらないだろうにと不思議に思っていたが、今になっては容姿を気にして行動が鈍る主人公にしか見えない。世ではこれをフィルターという。そして遠慮がちなヒロインは甘やかしてやりたくも、いじめたくもなるものである。
分厚いフィルター越しで俯く白い頭を見やり、どうにか無事な手でポンポンと撫でる。
はてさて主に教えてやるかと後ろも振り返らずに立ち去った三日月は、よく言えば狐につままれたような、悪く言えばものすごく引いた顔でその背中を見送る山姥切を見ずに済んだ。









「倶利伽羅さぁーん!」

元気な声が響くのはこの本丸ではいつものことで、いつもと違うのはその声が若干上から聞こえたことだ。
おや、と食堂へと向けていた足をとめて庭を見やれば、欅の木の枝に乱藤四郎がいる。腕の中に小虎が二匹暴れているので、下りられなくなっていたのを助けたのだろう。関心よなぁ、と大木にまたがる姿に手を振って、気付いてにこりと笑った彼はちらりと下を確認しおもむろにその身を宙に投げ出した。両腕の虎を落とさないよう、しっかりとだき抱えて、である。やや、と思って眺めているうちにもその身は軽やかに、しかし確実に落下し、くの字に折れた体は下に構えていた大倶利伽羅の腕の中に見事に収まった。音も大してしなかったので衝撃も少なく済んだようである。

「倶利伽羅さんありがとね。腕大丈夫?」
「何ともない」
「まあボク軽いもんね。お礼は後で……あっ、じゃあ虎ちゃん達届けてくるね!本当にありがと!」

いくら衝撃がなかったとはいえ怖かったのだろう。鳴いて暴れ始めた虎を抱え直した乱がこれまた軽やかに立ち去る。
大倶利伽羅は面倒そうに息を吐いてはいるがさすがの面倒見の良さだ。不良には定番のヤツで、もちろん主も好物のギャップというやつであろう。
乱の様子でこちらに気付いていたのだろう、ぎろりという睨みにも手を振って返してから踵を返して来た道を戻る。食堂で茶を頂こうと思っていたのだが主の部屋にひと揃い揃っているし、語ることも出来たのだからそちらに向かうのが楽しかろう。
鶯板を拍子を取りながら歩いていれば、またもや庭先から声がする。賑々しいのはいいことだと微笑ましく思いながら目を向けて、やや、と思いまた足を止める。用事が済んだのか掛け去る堀川は相変わらず忙しそうである。

「どうしたんだ、山姥切の」
「塀の補修だ」
「お前、そんなこともできるのかぁ」
「……兄弟の真似事だ」

ちょうど余っているつっかけを引っ張り出し、庭に下りそばに寄ってその手元を仰ぎ見る。欅の大木ほどではないが山姥切が作業をこなす塀もなかなか高く、危なげなくそこを伝い歩き瓦を嵌めるのを感心して眺めた。暇なのか?という問いにはどうだったかと応えて、どうにも落ち着かないようでちらちらとこちらを見やる様子にこれまた手を振って応えておいた。

「おい」
「うん?どうした」
「もう終わった。下りたいんだが」
「そうかそうか」
「……そこに居られると困る」
「ふむ、そうか。ならばこうしよう」

ほれ、と両手を広げて見せて、山姥切に笑いかける。俺の手を見、顔を見、己の持つ工具に目を向けて、首をかしげながらこちらに視線が戻ってきた。

「うむ。ここに来たのもなにかの縁だ、ジジイが受け止めよう。なに、これでも太刀だからな」
「……ひとりで下りられるが」
「俺がしたいだけだ。駄目か?」
「駄目に決まっている。俺なんかのせいであんたが怪我をしてみろ、刀解されても文句も言えない」
「怪我などせんよ。ほれほれ」
「だから、」

ふうと息を吐いて立ち上がった彼の足がぼろ布を踏んでつるりと滑り、言葉の途中ではあるが驚愕に染まったその顔が衝撃に備えるように食いしばる。すぐ真下に立っていたのも幸いして差し伸べていた手をそのままに、滑り落ちてくる彼をどうにか腰を落として受け止めた。そう高くはないが、落下している分の勢いはなかなかにあったようで踏ん張る足が滑る。けれども受け止めることには成功したので、やりたくて堪らなかったことを実行すべくえいやと彼の腰を掴むようにして抱えあげた。

「ははは、山姥切のは軽いな。羽根が生えているようだ」
「おい、手が震えてるぞ」
「うむ見栄だ。少し辛い」

実は嫌な音を立てていた腕を庇いつつ、だが衝撃がないように彼をできる限りそっと下ろ……そうとして、彼の足が素足なのを見とがめてどうにか抱え直す。ここは横抱きにしたいところなのだが一度抱えてしまったものは無理なので、抵抗する彼の臀部に手を添えたような状態で周りを見渡した。ときめき的にはだいぶ点が低い格好だがいたしかたない。
少し行ったところに脚立と革靴、その中に捩じ込まれたらしい靴下を見つけて、とりあえずは俺の髪を引っ張ったり唸ったりをしている山姥切を縁側まで運んだ。野生動物のように唸る彼に逃げないように言い含めてから、もう一度塀まで戻り革靴諸々を携えて引き返す。足を滑らせた原因である布をここ最高記録と言えそうなほど深く被った山姥切のの様子が大福のようで和んでから、その足元に届け物を置く。俯いている山姥切にならちょうど一式が見えるだろう。
そのまま大きな大福を眺め、あの主の部屋に茶受けなどあるだろうかとふと心配になっていれば大福がもぞもぞ動き、山姥切が手に阻まれつつも瞳を覗かせてこちらを見る。

「……なんなんだあんた。最近俺なんかにやたらと構って」
「好きでやっているだけだ。気にせず構われてくれんかな」
「断る」

にべもなく断られてしまったが、これでいて付き合いはいいのだと山伏が言いふらしていたし事実そうなのだろう。夜戦が増えてから短刀たちに囲まれているのをよく見かけるし、囲まれていて戸惑っているくせ振り払ってやらないのだからさらに懐かれて構われている。ますます少女漫画か、と言いたくなる有様なのだ。
まあまあと宥めて見せればじろりと睨まれ、反応を返すから駄目なのだということも分からないであろう様子に頬が緩む。

「ああ、ちょうど主の部屋に向かうところだったんだ。代わりに修理が終わったと報告しておこうか」
「……いや、直接言う」
「ならば一緒にゆくか。湯呑みも足りるだろうし、一緒に茶でも飲もう」
「俺は報告しに……もういい」

肩を押して並ぶようにすれば不遜なため息が聞こえて、なかなかはやく慣れたものだとつい笑う。謙遜ばかりにみえて押しに弱いのだから巻き込まれるのだろうに、逃げるどころか諦めて付いてきてしまうところが好かれる所以だろう。
愛い愛いと布の上から頭を撫でれば、避けはしないが早足で先を行かれてしまった。愛いので許す。




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