はなし

□落ちるもの
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「主よ、俺は身を焦がすような恋というものをしてみたいのだが」

練度上限の祝いにひとつ願いを言ってみよ、との主の言葉に、長らくくすぶらせていた願いを告げてみる。
文机を挟んで向かいに足を崩して座っていた女――主はうっすらと浮かべていた笑顔を引っ込めて真顔になり、机の隅にある白い紙箱を取ると慣れた様子で角をとんとんと小気味よく叩く。飛び出た煙草を指で挟み、ふう、と窓に向けて紫煙を細く吐いてからようやく口を開いた。

「おじいちゃん、そもそも恋をしたことはあるの?」
「ないな」

そっか、と深く頷いた主はまた一口吸い、珈琲だとかの缶の中に吸い殻をほとりと捨てる。そうして膝立ちでごそごそと本棚を漁り、数冊の本と一枚の映画を文机に重ねて俺に差し出す。

「主よ、これはなんだ?」
「私の愛読書、君に〇け。それと、貞子も知らないだろうから参考資料。この映画は怖いから……そうだな、にっかりか石切丸と見るのがおすすめかな」
「ふむ、これがあれば恋が出来るのか」
「出来ないだろうけど多大に参考になると思うよ」
「出来ないのか……いや、せっかくだからな。借りよう。俺は本を読むのが遅いからなぁ、いつ返せるか分からんぞ」

気乗りしないことを悟っているだろうににやりと笑った主はそれには答えず、続き読みたかったらまたここに来て、と妙に自信を覗かせて言った。気の強いおなごだとは思っていたがなかなかに煽る。
可愛らしい風呂敷に包まれたそれを自室に持ち込んだのは昼過ぎで、映画だとかを石切丸や小狐丸らとその日のうちに見、翌日に内番も出陣もなかったために一応は目を通してみるかと読み始め、晩には主の部屋へと続きを求めて訪れた。
爽子が愛い。愛い過ぎてこれでは眠れない。







「主よ、黒髪のすとれーととやらにはせぬのか……」
「髪質違うから。まあ、ちょっと憧れたことはあったけど……」
「そうか。はぁ、爽子は愛いなあ……」
「やっぱり男目線で読むねぇ。はぁ、風早くんみたいなん落ちてないかな……」

ふはあ、と不毛なやりとりの後に同時に息を吐き、文机に力なく伏せる。ふさ飾り邪魔、と引っ張られたが構わずに脱力する。
続き読みたさに執務室に通いつめ、三日後には面倒だからと近侍に任命してくれたものでせっかくだからと他の本にも手を伸ばし、実質近侍として働いてもらっているのは堀川国広で、思う存分読みながら声を上げた。人が読んでると読みたくなると主までもが読み出し、仕事に支障が出るのではないかとほんの少し危惧したがそのあたりはしっかりとメリハリつけているらしかった。おんなだてらに五十人以上を率いてんだから当たり前だろう、と雄々しく答えられてしまって、あの時は少女漫画ばかりに目を通していたからか胸がきゅんとした。こんなにも頼もしい主だからこそこような書物を集めていたのは意外だと正直に言ってみれば、長期遠征に配属されて続きが読めない歯がゆさに堪えたが。豪胆さを垣間見せるくせに嫌がらせはせせこましい。
ともかくは共通の趣味を持ってしまい、共通の思い――きゅんとしたい、という欲求を共有することで、練度上限により出陣回数が激減した三日月はむしろ急速に主と距離を縮めていた。主におすすめを訊いては声を漏らしながら読み、読んだ感想を即座に語り合い、一日ほど余韻に浸りつつさらなるきゅんを求めてまた主の元を訪ねる。男女では感想がこんなにも違うのかとお互い感心しながら、だがもちろん共通の気持ちで飽くことなく語り合った。
だがしかし、主の好むものは古書ばかりで、電子化の先駆けあたりだったとかで手に入れるのが難しいらしい。そもそもが紙を好むという彼女の嗜好のためにこの本丸という場所まで届くことに時間がかかってしまう。
こんなにも応援しているというのに、ひたむきで慎ましやかな恋をどう実らせるのか期待しているというのに、続きが届くのがいつになるか分からない。当初の目的通り焦がれる思いは実感しているが違うそうじゃないと叫びたい。
ああ、落ち着かない。いや頭を机に伏せているから居心地はよいのだが。心のありどころの問題である。

「主、現世に行く用事はないのか……近侍として君を守り抜くと誓うぞ」
「私の財布がお陀仏でしょうそれ。それがないんですよねぇ、一時帰宅の申請するにしても動機が不純だし」
「天下五剣が一の美しさを誇る俺の頼みだぞ、と脅したら効かぬか……?」
「効かぬわ。私の立場が疑われて終わるわ」
「ふむう……ときめきが足りぬ……」
「せめて恋バナ聞きたい、混じりたくはないけど小耳に挟んで美味しくお茶飲みたい。それか恋してるカワイイ子を見守りたい」
「それなぁ」

と、と、と廊下を歩む音が聞こえたので机から身を起こし、少し主から離れながら居住まいを正す。俺の様子に状況を汲み取った主が同じように起き上がり閉じていたからくりを開く。ほぼ同時に失礼する、と確認を求める声が障子越しに掛けられ、許可を得てすぅと開いた。

「おかえり、山姥切。首尾はどうだ」
「ただいま戻った。負傷者なし、刀装も磨けばまだ使える。検非違使との遭遇もなかった。戦果についての報告は、兄弟がまとめている」
「助かる。堀川に頼んだってことはなかなか良い結果だったんだね?いつもありがとね、隊長」
「俺じゃなくとも……」
「山姥切は真面目だからなあ。資材もよう拾ってくるのはお前の隊だ」
「……当たり前のことをしたまでだ、俺でなくとも出来る。内番があるから、もういいか」
「もう少し休んでからでもいいからね」

山姥切は主の掛ける言葉には応えず、埃っぽくなってしまったぼろ布を引っ張りそそくさと部屋を出る。あからさまに褒めるといつもこうなので、それを面白がって言っているのだと悪びれずに言っているのを聞いたばかりの三日月としては彼の観察がつぶさに出来ていい機会だった。布を引くのは顔を隠したいからで、隠すということはやましいというか、原因があるもので。

「なあ主、少し、思うものがあるのだが」
「私もだ」

容姿端麗、だが自信は病的に無く卑屈。だが仲間思いで気が効き、兄弟仲がいい。照れると顔を隠そうとする癖。泥や血で汚れたがるのはまあ置いといて、植物を愛でる時間を好んでいる。常は仲間達から三歩ほど引いて見守り、ここぞという時は皆より一歩前に出る。

「あいつ、ヒロインになれる要素多いぞ」

きりりと、堀川からの戦果の詳細情報を開きながら宣言する主に同意を示すべく、力強く頷く。
彼の恋の発生、応援をしようと、同盟を組むのは時間の問題だった。性別などと言う問題はときめきの前に霞んだ。別に、その頃読んでいたカードをキャプターする漫画の影響とかではなく。男士同士でも充分ときめけるとかではなく。





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