はなし

□しらしらとゆれている
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泣き顔を人に見られることが珍しければ、泣くこと自体もほとんどない。
幼かったころは仲間うちで泣いたり笑ったりと忙しなかった気がするが、社会に出てからはそんなことも減ってしまって泣くことに抵抗があるほどだ。

だから、こんなに泣くのはらしくないのだ。と、言い訳がましく訴えるがヒロは「そうか」と相槌を打つばかり。
酔ってもいないのに零れた涙を拭い、これみよがしに息を吐いて脱力する。
飯は食った。見たいと言われていたアルバムを見せた。帰るなと言われたから帰らない。
あんまりに広光主体すぎる一連の行動に、俺は思考をやめて幼児帰りでもしているんだろうかと嘲笑する。客観的になれるだけ冷静で、尚更たちが悪い。感情と理性が全く分かりあおうとしてくれない。

相変わらず静かに、肘が触れ合うような、子どものような距離で広光が座る。ティッシュという消耗品を諦めて何度も洗わて吸水性抜群になったらしいタオルを渡されたので、遠慮なくそれで鼻をかんだ。明日には鼻がひりひりしそうだが別に見られて困るわけでもない。いや、ヒロは心配するか。宗三なんかは嘲笑ってくれるだろうに。
細かなことで逸らしていた気を、腕を掴まれて戻される。

「違うんだ」

なにがどう違うのだろうか。己の言葉に内心でつっこみながら、年下で、寡黙で、心配しいな彼に笑いかけながらともかくは口を開く。困ったことに箍が外れた涙腺と口は自分じゃなかなか制御が効かないようだ。

「こんなんじゃ俺、ヒロにいじめられてるみたいだな?」
「……あんた、余裕があるのかないのかはっきりしろ」

脱力した広光が俺にもたれ掛かる。見目はさっぱりとした伊達男のくせ、髪からは焼き魚のいい匂いをさせているのが所帯染み過ぎだ。
泣きじゃくる男を拾ってきてしまうのだからお人好し加減さえも際限ないくらいの逸材で、どうして俺なんぞに引っかかってしまったのかとかわいそうに思う。まっとうに夢を追いかける青年を誑かすのはいい歳した失恋同性愛者、うん、信用もなにもかもガタ落ちだ、共に。

「俺じゃ駄目なのか」

ドラマのようなセリフに思わず吹き出す。涙腺を通って鼻まで潤っていたものだから、そこからすらも水か飛び出してしまいヒロが俯いていたのが惜しくなる。いや、らしくないような言葉を吐いているような空気だ、吹いただけでも呆れられているだろうに鼻水まで見られてしまったなら本気で嫌われるところかもしれない。その方がいいとも思うのだが、この後に及んで嫌われたくないとも思ってしまう可哀想ぶる頭は僥倖と考えてしまうのだ。

「ヒロが彼氏なら大事にしてくれそうだなぁ」
「こういう時に抱きしめてやる」
「家族みたいでいいなぁ……」
「それでもいい」
「むしろ格上なんじゃないか、それ」

脱力する。広光の頭へ頬を寄せる。
今はこれが精一杯だ。
なんにも口にしていないのに、間近で息を飲んだヒロが寡黙さに似合わず俺の頭を囲うように抱きしめた。焼き魚と、炊きたての米とかの匂いが近くて腹が鳴ってしまって、泣いていた反動かどうしようもなく笑ってしまった。



17.04.08
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