はなし

□ゲノム・ワールド
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「幸せか」


いつもそれだけを尋ねる人が出てくる夢を、最近よくみる。
人というか気配しか感じられないけれど、もしかしたら声しか受信できていないからそんな曖昧な夢になるのかもしれないけどでも、答える前にぷつんと起きてしまうから厄介だった。ただの夢だと片付けるには影響があり過ぎた。
なんだこれ。脳量子波を利用した新しい宗教団体だろうか。私の友達はそんなもの聞こえないと言うし、わざわざ連邦に訊くのは大袈裟な気がする。別に宗教には……いやちょっとは興味あるけども入りたいとは思わないからまあいいとする。問題は事あるごと
にその声を思い出してしまって固まる事だ。



「幸せか」


ホームでぽつりと、なのに大きく頭で響いた声にただでさえ遅い足を止める。混んでいない中途半端な時間だからよかったけれど、結局は邪魔そうに避けられていたのに気付いて急いで壁に寄るまでに結構掛かったらしく足がみしりと嫌な音を立てた。しあわせか。あなたの声のせいでただ今ふしあわせですどちらかといえば。
時間を確認すれば、走れば出欠に間に合うかギリギリのところだったので、諦めて午前の講義を自首休講にさせていただくことにした。テストで評価する先生だから友達にメールさえすれば大丈夫だろう。

しあわせか。
彼氏はいないけど友達はいる。裕福とはいえないだろうけど、学校に通えて喫茶店に入るくらいのたまの贅沢が出来る。悩みといえば人間関係と進路くらい、これはまあ標準的だ。
しあわせか。……特にそうは思わない、かな。声に返事しても聞こえるのか分からないけど、馬鹿正直に返事する。私は嘘をつくのが下手らしいし、脳量子波には嘘とか関係ないし。何の因果かむっくり目覚めた能力は、今の生活にとても役に立たない。私のアンテナの向きとも関係あるらしいけどとにかく役に立たない。


「……おお、わんこ」


大学周辺の公園は平日の真っ昼間だからか人がまばらで、遊具のない芝生なんかは赤茶のわんこと私と老夫婦しかいない。老夫婦がケンカップルのようなので賑やかといえば賑やかだけどやっぱり人気がなくて寂しい風景だ。
大型犬のわりには小柄なそいつの目線に合わせてしゃがめば、ぽてぽて走り寄ってきて私の手を控え目に舐める。育ちがいい子みたいだ。お前はあったかいねー、と頭をわしゃわしゃしても大人しくしている。


「お前は今幸せ?」

(肉かおやつがあれば文句ないな)

「さすがですねぇー。お名前は?」

(ソラン)

「かわいい名前だねぇ」


褒めたのにむっすり拗ねたソランは、「あのひとと同じ名前だ」と誇らしげに尻尾を振る。あのひとが誰か知らないがそうかそうか、かっこいいねと言い直すと頬をべろりと舐められた。洒落た首輪がしゃらりと優雅な音を立てる。
一緒に日光浴しようと誘えば付いてきてくれたので、腕を組んで帰って行った老夫婦が座っていたベンチに腰掛けて膝をぽんぽんはたく。ソランがベンチに上がって顎を私の膝に乗せた。膝掛けいらず!


「幸せか」


うん、今は幸せ。暖いし時間に余裕はあるしソランがいる
からさみしくない。
ソランが私を見上げたのと同時に頭の中の声が小さく笑った。




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