はなし2

□イデアの死亡
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僕が師匠に教わった事。基礎体力を付けろ、以上。
他は見て覚えろとの事だった。
確かに師匠は教えるのに向いていないのだろう、口より先に……いや、同時に手を出すし戦闘時にも連れ回される。自分に合ったやり方は自力で確立しろ。とか背中で語っているらしい。肌で感じとってはいたけれども、本当に死にかけない限りは放置されるので生傷が絶えた事がない。今ボトルを抱えた腕には裂傷がひとつ、紙袋を抱えた腕にはでかい痣がふたつ、背中は見えないから数えもしていない。


「師匠、ただいま戻りま」

「遅い」


師匠の愛人からあてがわれた家の扉を開ければ師匠愛用の、主に僕を殴る為に買ったらしい
ハンマーが頭目掛けて飛んで来た。紙袋に細心の注意を払いながらなんとか足で受け止めると鼻から息を吐かれたので、なんとか及第点だったらしい。


「もうお昼買うお金ありませんよ」

「なら稼げばいいだろ」


ですよねー。まあ僕が稼ぐんですけどー。
師匠がふんぞりかえっているソファに寄ればとても自然に腰に手を回され、器用に片手でワインの栓を抜くと瓶にもう口を付けている。師匠に朝だとか仕事前だとかいう常識が通じないのは分かっているが、何度目であろうがやはり切なくなる。主に自分の境遇が。
節約のため暖房を付けずに過ごしていたのでアルコールの体温が心地いいのは確かなので師匠にそろそろと背中を付ける。焼きたてパンを紙袋いっぱいに抱えているのでぬくくてなんかもう幸せだ。



あれから半日しか経っていないのだなぁ、とアクマの血を浴びて真っ赤になったワイシャツを見てしみじみ思う。今朝おろしたシャツは濡れて穴からの隙間風で寒い。動いて腹が空いた、肉が食べたい。だけどもお金がない。


「淑女なら胸元を気にしろ」

「無理です、」


無言で投げられたやたらと長いコートを着て、袖を指が覗くまでめくった。息を整える前に引っ張りあげ
られ、ほとんど抱き抱えられてたぶん師匠の愛人の家に向かう。
女だからですか。弟子だからですか。弱いからですか。何故優しいんです。初潮の朝すら隣りで寝てたんですもんね、女扱いなんですね。愛人の家に向かうなんて最悪ね。
殴る手で愛情を刷り込まれた僕はきっとまともな成長をしていないのだろうなぁ、と思う。義父を殺し、のうのうと生きている自分には相応しい酷い師匠を持ててよかったです血を流しすぎてぐらぐらする、肩の抱き方がいやらしいです師匠。
人気のない裏路地から真っ昼間の大通りに出て、通行人にはどう見えるだろうかと想像する。せめて男装がこうじてホモに見えやがれ!



10.11.12

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