はなし2

□イデアの死亡
1ページ/2ページ











拾われたというかなんと表現したらいいのかははっきりしないが、ともかく弟子としてあの人に付いて行った晩、同じベッドでやたらとゴツくて重い腕を乗せられるようにして寝た。それ以来あの人が娼館とかにでも行かない限りはそうして眠るのが当たり前だった。温かいという利点もあるし、なにより僕が不安定だったからだろう、一応は聖職者の師匠の微かに残った良心だとかなんとか。子どもから脱し切れていないとはいえ二次成長を迎えた今でも惰性のようにそれが続いているのは、きっと行き過ぎたフェミニストの結果に違いない。いや、むしろ子どもに与えるような優しさじゃなくはじめから女扱いだったの
かもしれない。だとしたら薄ら寒い話になるが。


「……師匠、朝ご飯なんですか」

「知るか自分でなんとかしろ」


パンを焼く香ばしい匂いにつられて目を開けば外はまだ薄暗く、割れた窓からの冷たい風に毛布から出した顔をまた埋める。もう一眠りでもしないと店が開かないだろうから、空腹を堪えるくらいなら寝て誤魔化す方がマシだ。この際胸を執拗に揉む手は無視する。
古典的に羊を数えて眠る努力をしていたのだが、流石にシャツのボタンを外して素手が入り込んだところで諦めた。


「何なんですかそろそろトレーニングしたいんですけど」

「おーおー、寝ようとしてたくせに減らず口たたきやがって」


いくら空腹の勢いと言えど「エロ親父が娘ぐらいの年の弟子に手ぇ出すんじゃねえよ」とも言えないので、まだ死にたくはないし地獄はこの世にあるのだという実感も今は持ちたくはない、ので諦めて肩の力を抜いて待つ。起きてまだ10分も経っていないだろうに、もう二つも諦めた。


「腕立て500とスクワット500。ペースが乱れたら殴る。終わったら朝メシとワイン買って来い」

「少なくないですか?」

「その後仕事だ」


散々撫で回していた手を引っこ抜
くと用無しと言わんばかりに毛布から押し出され、早く体を温めてしまおうと急いで節を伸ばして逆立ちし腕立てを開始する。師匠はといえば、優雅に煙管を掃除していた。一定のリズムで上下に動くだけの時間は両手が塞がってはいても暇で、どことどこのパン屋に行こうか考える。向かいのおばさんはよくおまけをくれるしカスタードが美味しいけれどサンドイッチのマスタードが足りないから、ホテル横の店にも行こう。あそこはスパイスを分かっている。酒屋も近いし。



次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ