はなし3

□部屋のなか
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がしゃり、と金属の擦れる音が聞こえて目を開ける。

「ああ、起きたか」
「……ここどこですか」
「俺の所属する本丸だ。君の時代とも違う場所だな」
「……時代」
「俺は刀剣男士だからな」

審神者どころか人でもなかったのか。どうりで綺麗な顔立ちだと納得してから、刀剣だという彼の手によって投げ出していた腕にぐるぐると巻かれていく鉄の鎖を眺める。起き抜けに聞いたのはこの鎖の音だろう。
目の前でこれを巻くのはもちろん廃屋にいた青年で、助けてもらいながら身を起こし周りを見る。あの廃屋でもなさそうだけれどもやはり古風な部屋だ。寂れてはいないが新品とも言えず、誰かが住み込んでいる家だということくらいは分かる。時代だのと言われても何が違うのかはまるっきり分からないが。
こうも手の込んだ木造建築には馴染みがないので、時代という曖昧な説明もなんとなくだが腑に落ちた。

「俺、殺されるんですか」
「さあ。逃げたらあるいは殺されるかもしれないがな」

鎖を片手にふむ、と悩んだ青年は、俺の足を縛るのはやめたらしく丁寧にそれを巻き直し、緊張感もなく「名乗ってもいなかったか」と向かい合うように正座する。
人間ではないと宣言されたばかりだが、どこをどう見てもやたら綺麗な、生々しい怪我した人間にしか見えなかった。

「俺は鶯丸。さっきも言ったように刀剣だ」
「あ、俺は」
「名乗らなくていい。情が湧いたら困るからな。それよりもまた頼みたいんだが」

かたり、と目の前に置かれたのはやはり刀で、さきほど触ったものの半分くらいしか長さがない。そしてそれは当然のように傷だらけで汚れている。
鞘すら薄くできていて華奢に見えるそれを縛られた手でどうにか持ち上げると、目の前の鶯丸があからさまに苦しそうな顔をする。どこか痛むのだろうかと顔を窺えば、「いいから壊してくれ」と促されて添えていた手に力を込める。
廃屋の刀よりも小さいからか、ばらけた石や木炭の量も少ない。青年はそれらを風呂敷に小さくまとめ、文机の影に隠すように置いた。鶯丸と名乗った青年は用があるからとおもむろに立ち上がると部屋を後にした。俺以外に見つかったら殺されると思うといい、という一言ばかりを残して。
少し身動きをしただけでもがしゃがしゃと音を立てる鎖を眺め、その音が耳に刺さるほどに静まった状況をみて、そもそもここが何処なのか、本丸だとか言っていたが具体的にどのあたりにあるものなのかも分からない状況だ。潔く逃げるのは諦めて、その場で大人しく膝を抱えた。
正直、帰ってもろくなことがないのだ。審神者にされるため徴収された姉のおかげで母は四人分のご飯を作っては捨て、部屋の掃除を繰り返して姉の話題を振っては泣く。父はそれを疎ましそうに見るか、一緒になって泣くか、同じ態度を取らない俺を睨むかだ。
あの家に帰らなくていいのなら、そうそう悪い状況でもない気がした。





日も落ちて室内をろくに観察も出来ない程に暗くなった頃、鶯丸がようやく姿を現した。はじめは足音ばかりでは判断がつかなくて殺されるのか、と腹を括っていたのだけれども、お盆を片手にやあと笑いながら障子を開ける姿を見て力が抜けた。むしろ、殺されたくないという気持ちが自分にあったことに驚いた。
お盆にはおにぎりが二つと具のない味噌汁と湯呑の茶と、手を縛られたままでも食べられそうなものが乗っかっている。

「すまない、これくらいしかなかった」
「殺さないんですか?」
「当分はな。まあ、ともかく食べるといい」

抱えた膝を崩し、目の前に膝を立てて座った彼の顔を伺いながらおにぎりを一口食べる。塩の味がすぐにしたし、海苔はまだパリリと湿気ていないこともあり先程握られたものらしかった。食欲なんて何処かに吹っ飛んだと思っていたが一口食べてしまえば腹が鳴り、鮭、昆布、梅と三つとも違う味のそれをすぐに平らげて味噌汁を啜る。玉ねぎの味はするので味噌を解いただけとかではないらしく普通に美味しかった。

「美味いか?」
「美味いです」

正直足りなかったが無いよりはましだ。むしろ好待遇だ。窺うように目の前で観察されているのばかり居心地悪いが文句を言うつもりもない。
ろくに時間もかけずに平らげ、両手で湯呑を持って半分ほど啜り一息つく。思っていたよりは緊張していたようで、どっと疲れが出たようだった。お茶すごい。すごいほぐれた感がある。
皿を重ねて盆に乗せ、それを脇に避けた鶯丸もどこかくつろいだ様子で湯呑を持って目の前に正座して座っている。居心地の悪さもゆるんだようで、膨れた腹にも助長されものすごく眠くなってきた。膝を抱えて腕を抓って堪えようとするが、湯呑を置いた鶯丸が取って食いやしないさと苦笑して寝るようにと促した。素直に畳に転がって、鎖だらけの腕を目の前に持ってきて目を瞑る。

「部屋から出るな、あとは、声を上げるな。俺がいない間はそうしていれば殺さない」

名乗ってもいないのに、勝手に情でも湧いたらしい。断定的に殺さないという声と言葉を咀嚼するのがやっとで、すぐに睡魔に負けて意識を手放した。




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