はなし3

□しからば召し上がられよ
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「君の手首をくれないか」


自分でも異常だと悩み、悩み抜き、こんなにも心を乱すのなら言ってしまって笑われようと思っての発言だったのだが彼は静かに頷いた。ひとつ苦笑をして、そのあと駄々をこねる子供を慈しむ顔をして頷いた。
否定してもらうことを望みながら消毒し、切り落とし、止血などの処置をして離れてしまった手首も血を抜き腐らないよう処置をした。下調べに抜かりはなく呆気なく済んでしまった。切り落とした手を掲げた彼はまじまじとそれを眺めて、一度手の甲にキスをしてから笑って丁寧にこちらに手渡した。

痛み止めでか彼が寝込んでしまうのをソファの隣で見守り、どこか倒錯的な感情のまま彼の一部であったそれを手のひらに乗せる。切り落とした直後に防腐処置をしたそれはひんやりと冷たく、当然のように私の手よりも大きく、想像よりも軽かった。
銃を握り続けてできた指の凹凸や、手入れが行き届いていて滑らかな手の甲や、血を抜いたことにより少し飛び出た真っ白い骨、丸く磨かれた爪先、指の付け根の皮膚の薄くかさりとした感触、無抵抗に軽く曲がる関節、舌を這わせた時の薬のぴりりとした刺激、歯に伝わる内側の皮膚の柔らかさを堪能して一通り満足するとそれを処置中に用意していた箱に納める。起きる様子のないニールを抱き上げ、いつもよりもきっちりとベッドメイクをした寝室で寄り添い眠った。







いくら万全の準備をしたと言っても怪我を負わせたことに変わりはなく、元々衰弱していた彼は翌日には熱と幻肢痛に悩まされた。
会議に出掛けた以外は付きっきりで看病したが、無い手のひらがうずくのだと訴えられてもどうするべきか分からず、人工皮膚が馴染むまでは傷口にも触れるわけにはいかずにただ彼の頬を撫でた。解熱剤や痛み止めを飲んでもらうためにパン粥を作り、氷嚢の氷を代えたりといそいそと働く私に「普段からそんだけ尽くしてくれりゃあなあ」とぼやくだけの余裕はあるらしいが油断はできない。うたた寝を繰り返す彼の側から離れないよう端末も机も持ち込んだ。お前さんが静かだと不気味だとぼやくので、ひたすら礼を言えばやはり黙っててくれとシーツに潜ってしまった。当然のことを言ったまでだというのに。

ニールの容態が落ち着き、ひとりになった頃を見計らい彼の手を取り出した。その手は持ち主を離れても持ち主の一部であったことを忘れておらず、指の間を己の指で隙間なく埋めれば充足感に体の力を抜く。応える仕草はなくとも、手のひらはじわりと染みるように彼の存在を知らせる。爪にひとつキスをして、丁寧に箱に戻し元のように仕舞った。
数日も経てば外を出歩けるほどにまで体調が戻り、中途半端な違和感は嫌だと言うニールのために骨董品のような義手を繕い練習だといってそれでカップを持ったりタイピングを試みたりなどしている。器用に使っているように見えて感心していれば「さすがにグリップは握れねぇなあ」と接続面を眺めるので座る彼の頭を抱えて頬を擦った。こわばりはない、笑みを作って邪魔だといつものように押し退けられる。いつものように横から抱き締めて、彼から離れた手をも引き寄せて膝に乗せた。


「愛してるよ」

「どっちをだ?」

「こうして、手首をくれる君をだよ」

「……ああそう」


声もなく体を揺らして彼が笑う。お前さんくらいだろうよ、とちぐはぐな両腕を首に回して、そのまま引き倒すように床に倒れる。予想外の行動に内心ばかり焦り庇いながら、笑って重みのままに共に落ちた。



14.11.01

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