はなし3

□こっちを見ろ 3
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講堂からのマイク越しの声を遠くに聴きながら、やたらと晴れたなあと他人事のように空を眺める。ヘリが視界を横切るときばかりうるさかったけれどもそれさえ過ぎれば静かだ。平日の、式の最中の学校だ。
たとえ機械と言えど女の子の膝枕は居心地がよく、前回は朦朧とし過ぎていて気付けなかったその事に気付ける余裕のまま寝返りを打つ。アイギスがくすりと笑ったことが好ましい。彼女が髪を掻き上げて、そのまま髪を撫でるのを感じながら、少し変わった視界に意識を移す。春というより夏と言えそうな空に、フェンス越しに見える街に、小さすぎて動いているとかろうじて認識できるぐらいの車と人間。平和である。立ち止まって座り込む人間なんて滅多にいない。そんな人間がいたら誰かが手を差しのべる、そんな余裕がある。
それは確かに自分の守った世界なのだと思えば安心した。今回も間違えず、守りたかったものを守りきれた。俺の可能性だと言っていた彼女のように、前よりも守れたものは増えた。十分だ。

結局荒垣先輩は瀕死の重症で寝ているらしいが、この日までの入院で薬の後遺症も治療できたと聞いた。あの日の出来事は止められなかったけれど、天田と真田先輩にとっては真摯に生きる切っ掛けとなったことは間違いない。結果的にはきっと、守るためには必要なことだった。彼が生きているからこその理論だけれども。

眠いな、と思わずこぼせば、それを拾ったアイギスが少しだけですよと髪をすいてくれる。前回はあまりの眠さに記憶がほとんどなかったのだがなかなかに贅沢な時間だ。式をさぼり屋上で昼寝しながら仲間を待つ、うん、ほんの少し眠るのにとても理想的なシチュエーションだ。起きることが出来るのかだけが問題なのだけれど。
起きれなくとも、このままあの海とも空ともつかない場所まで流されて行くのでもいい。綾時に会ってあの彼女について話し込んでもいい。とにかく満たされていた。全員で寿司でも食べたかったという下らない心残りを考えるくらいには。


「橘!」


微睡む体を揺り動かされ、いつ閉じたか曖昧な瞼を押し上げる。相変わらずの快晴を背景に、見知った人物の顔がこちらを覗き込んでいる。アイギスではない、もっと、会いたくなかった人物だ。しかもだいぶ険しい表情の。


「お久し振りです、荒垣先輩」

「……てめぇ、式にも出ねえでなんでこんなとこに、っげほ」

「……走ったんですか?」

「病み上がりだっつうのに、どこかの誰かさんが見つかんねえせいでな、ごふ、はあ、あー」

「なんかすみません」


せっかく謝ったというのにうるせえと頭を叩かれ、理不尽さにに睨むなり文句を垂れるなりしたかったけれどもどうにも眠い。もう一度目を閉じてしまって眠ろうとするけれど、アイギスに預けていた体を彼に起こされてそれを阻止されてしまう。仕方なく上半身を助け起こされた状態で目を開ける。目の前には相変わらず先輩がいて、後ろには手を構えたアイギスも見えて、過保護すぎるだろうと彼女に目配せして止めさせた。怪我させはしないだろうけれど、屋上での銃撃戦は平和を実感した直後には体験したくない。


「寝るんじゃねえ、橘」

「先輩は半年近く寝てたじゃないですか」

「起きただろうが……死んだ気でいたんだがな」

「そうですね、死んでるみたいでした」

「……時計を入れたのはお前だろ」

「えへ」


茶目っ気たっぷりに答えたというのにデコピンをされた。解せぬ。


「医者には何度も時計がなかったら死んでたと言われた。お前、分かってて入れたんだろう」

「俺はあれが荒垣先輩のらしいと聞いて返しただけです」

「……それだけで、あの晩俺の部屋に来たっつうつもりか」

「あとは夜這いですね」


先輩がアイギスを気遣う様子が見てとれたけれども、認知してましたと報告されてしまい撃沈する様子を下からつぶさに観察する。今その事実を知った俺もなかなかの衝撃だけれどもまあ痛み分けだ。
アイギスに使う気も必要なくなったので開き直り、「ごめんなさい」とあの時にも言い足りなかった分を補うために口を開く。


「先輩がどこかに行くと思って、それなら最後にしたいことをしてしまおうと思って夜這いしました」


途端締まる首と浮き上がる体、ついでに怒り心頭な先輩の顔が迫りどうやら持ち上げられたのだろうと思う。片手で男子高校生を持ち上げるなんて流石だなぁ、と感心しているうちにも頭に血が溜まるけれども、逆らえる身分でもなくされるがままにぶら下がる。相変わらず付きまとう睡魔に逆らわず目を閉じれば、盛大な舌打ちが聞こえて体が落とされた。仕方なく目を開けて、先輩に目を向ける。


「……お前は、何を知ってる」

「………」

「何がしたい」


険しい顔がこちらを見下ろしている。彼女の記憶にもあるその表情は心配して叱ろうとしている顔だ。知らなければただ不機嫌に見える彼の、思いやりに溢れた顔だ。あんなことをしたというのに心配しているのだ、このお人好しの先輩は。
助けられてよかったなぁ、と改めて実感して、幸せを噛み締めて目を閉じる。まだ仲間の声は聞こえるけれど姿は見えないが、顔を見てしまったらきっと不満に思ってしまう。今が一番、満たされているのに。


「……ごめんなさい。後悔はしてないんです」


触れる資格はないけれど、触れたいと思ってしまったので手を伸ばす。彼の頬に触れて、温かいことに安堵して改めて目を閉じる。もう、体の感覚があやふやになるほど眠い。腕を上げているのか落ちたのかも分からない。アイギスの名前を呼ぶ声が聞こえて、先輩がおい、と呼び掛ける声が聞こえて、それが最後だった。























「半分こしよう?」

「半分?」

「そう」


半分、といいながら彼女が掲げたのは使い慣れていたはずの青いイヤホンで、彼女が持っていたのかと今更ながらひとり納得する。性能だとかはあの赤いのも変わらなかったが、どうにも目に入るたびに違和感がぬぐえなかったもので、目の前に懐かしいそれがあるのはなんとも喜ばしいことだった。かたたん、と線路が揺れるのに合わせてつられたそれも揺れ、ああ、電車の中にいるのかと気付く。ついでに既視感も芽生えて隣の彼女を眺めた。やはり俺である彼女がそこに座り、片耳にイヤホンをつけたまま片方をこちらに差し出している。手のひらで握れるほどに小さいそれを耳にかけ、流れる音楽に意識を向けた。知らない曲だが耳に馴染み心地いい。彼女が好きな曲だからだろう。


「うーん、半分こともちょっと違うかな?なんていうか、私にも封印を手伝わせて欲しいっていうか。私にもここに居場所が欲しいっていうのかな」

「居場所」


鸚鵡返しに訪ねれば悩むように彼女が顎に手をやり、爪先でリズムを取りながら考える。曲のリズムとは違うタイミングで揺れる電車で二回ほど体が揺らめいて、彼女が笑顔を深めて口を開く。


「ここに私の居場所がないのは分かってるの。でもね、綾時くんとも初対面になるって分かっててひとりにしたくない。あの人、見たまんまに寂しがりでしょ?」

「うん、あれはひどい寂しがり方だ」

「ね、だから、私に鍵の役目を預けて」


鍵、とまた鸚鵡返しに答えて、お願い!と合わせた両手を可愛らしく掲げての懇願に「いいよ」と笑えば、大袈裟に喜ぶ彼女が俺の手を取り掲げたり振ったりして喜ぶ。ここまで喜ばれてしまうとむしろこちらが照れてしまってうつむいた。


「あ!言い忘れてたね、君もお疲れさま」

「うん、君もね。……ああ、君は今から封印になるんだっけか」

「でも、やっぱりここまで来たのは君の力と選択だよ」


ありがとう、と抱き付かれたけれど、嫌悪感はない。疚しい気持ちもない。同じように彼女の背中に手を回して、二人でくすくす笑い合ってしばらくは同じ曲を聴いた。
唐突に体を離した彼女でこちらを見た。眩しいくらいの笑顔で俺と額を合わせ、目を閉じて俺の頬を包むように囲う。


「私は鍵、貴方は封印。前みたいにはなれない」

「後悔はないよ」

「うん、私も。でも二人ならできることもあるよ」

「綾時を口説くとか?」

「荒垣先輩を落とすとか、ね」


落とす、なんて言われてもしっくりこなくてしかめっ面を作れば、頬に触れたままの彼女が吹き出して笑ったのでまあいいかと開き直った。


「起きて。先輩のオムライスおいしんだから」




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