はなし3

□こっちを見ろ
1ページ/2ページ




「後悔してるでしょ」


がたたん、という定期的な揺れに頭が揺れて、その拍子にそんな声が聞こえて目を開く。目を開くことによってようやく寝ていたことを自覚するような体で、ぼんやりする頭で声の主を探した。探すと言ってもこの車両には二人しか乗客は居らず目の前の座席に座る少女が少し首を傾けてまた声を発した。


「私はいいの。彼を助けられたし、私が選んだのは綾時くんだから。でも君は違うでしょ?」

「……何の話?」

「覚えてるくせに、もう」


彼女が口に手を添えてからからと笑う。
そんな訳の分からないことを言い募られても、と呆れたが、綾時という名前に聞き覚えがあるような気がして記憶を探る。がたたん、がたたん、と二回頭を揺らせて、あ、と思い出した。そうだった、三月に俺は死んだんだった。いや、正確には少し違うけれど。


「忘れてたの?もしかして寝惚けてた?」

「うん、寝惚けてた」

「眠いのは分かるけどさ、今は起きててね。大事な話があるんです」

「君、そういえば誰?」

「君の可能性のひとつだよ」


よく分からなかったけれどもへえ、と相槌を打てば、それでは本題ね、と彼女が人差し指を立てて笑う。すっきりとした笑顔に僕のひとつ、と心の中で繰り返してみて少し納得した。別人ではあるだろうけれど。そういえば髪の分け目とかは一緒だ。


「私ね、君の思い出と一緒に一年を過ごしたの」

「ふうん」

「だからね、君のしたかったこととか出来なかったこととかをいっぱい叶えようって頑張った。それでもどうしようもなかったこともいっぱいだったけど」

「……君、本当に俺?」

「そうだよー。それでね、私も結局死んじゃったんだけど」

「駄目だろそれ」

「いいんですー」


あまりの話の通用のしなさにああこれ俺だとようやく受け入れた。ついでに、結局何も変わらないんじゃないかと脱力する。こうやって彼女が笑っていられるということは、つまりは世界は変わりなくつつがなく時間が流れているということだ。ならいいか、とまた目を瞑ろうとして、「ちゃんと最後まで聞いてください」と頬を刺されて仕方なく目を開いた。いつの間にか隣に移動した彼女がぷすぷすと頬を連続して攻撃するものだからこちらも応戦して彼女の頬をつねる。軽く。


「つまりはね、私が思ったことを伝えないとと思って来たのですが」

「うん」

「君の願いは君が叶えなくちゃ意味ないんだ、きっと」


つつくのをようやく止めた彼女が微笑んで、悲しそうに笑いながら俺の頬を包む。そんな顔も出来るのか、と少し驚きながらされるがままに彼女と額を合わせる。まるで慈しむように頬を撫でて、「私の記憶をあげる」と囁いた彼女はまるで母親のようだ、どんなものか詳しくは知らないけれど。


「君の願いは君が叶えて。綾時くんには私がついてるから大丈夫」

「話が見えないけど」

「起きたら分かるから。はい目を瞑って」


説明を求めても無駄だろうと言われるままに目を瞑り、彼女の呼気に合わせて息をする。私は幸せよ、と囁く声が聞こえた気がしたけれども寝惚けていただけかもしれない。

寝惚けていたのかとも思ったけれど、枕元に置いていたイヤホンが赤い色に代わっていて確認した。これは彼女が下げていたものだ、俺の色違いの同じ型のもの。
カレンダーに目を向ける。これじゃあ月しか分からないと気付いてけたたましいアラームを止めるついでに携帯を開いて日時を確認した。
ああ、やっぱりと思う。彼女が何度も言っていた「願い」、つまりは、彼についてのことだ。
荒垣真次郎、彼が寮に住む貴重な一ヶ月のはじめの日。目の前で殺してしまった彼が死ぬまでの一ヶ月。
見慣れた部屋を見回して、起き上がり深呼吸する。これは夢ではない。あれも夢ではないだろう。なぜともいえず確信する。そうして、彼女の言葉を振り返る。「君の願いは君が叶えて」彼女の記憶の中で、彼は死なない。死にかけるけれど、彼は生きてくれていた。


「……よし」


俺の願い。彼女と同じだ、後悔しない選択をすること。守れる命を守ること。
方法なんて問わない、人の命が掛かっているのだから。
身支度を整えて、赤いイヤホンを首にかけて部屋を出る。久しぶりなのに変わらない日常に体を馴染ませるように、意味もなくエントランスまで走って下りた。




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ