はなし3

□天国のような痛み
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散歩がしたい、などと綾時が駄々をこねるので、並んで座っていたベッドから立ち上がる。部屋から足を一歩出すと、目を輝かせた綾時も後ろを付いてきた。


「ね、どこに行くの?」

「散歩だろ」

「じゃあデートだね。レストラン、公園?海とかもいいね」


寮の螺旋階段を降りながら考えてみたけれどいまいち行きたい場所が思い浮かばなかったので、後ろの綾時を仰いで訊いてみる。
すると綾時は行きたい場所が明確だったようで、すぐに甘い笑顔のおまけ付きで「海に行こうよ!」と返事が返ってきた。海か、と反復しロビーを脱け、玄関を出て青々とした街路樹を見上げながら歩を進める。日は出たばかりで目に優しい。



「砂浜でさ、あれやろうよ。鬼ごっこ」

「却下」

「えーなんでさ?」

「恥ずかしいから」

「なら人がいないときにしよう!」

「綾時とするのが恥ずかしいの」


うっ、と打撃を受けたような声と共に足音が乱れたので、後ろ手に手を伸ばす。直ぐ様正直に繋がれた手は温かい。綾時の握る力の方が強いので、ぶら下がるように手を揺らしながら歩く。
ああだこうだと理想の砂浜デートを語る彼の言い分を聞き流しながらモノレールに乗り、座席には座らずに手を繋いだまま並んで立った。看板やビルを眺めるうち、綾時の話は天気に移る。快晴もいいけど雲が動くのもいいだとか、夕立が好きだとか、流星群って意外と少ないよねだとか。夜空の話題が増えたので夜が好きなのか、と訊けば君も好きだろうと断定された。それもそうかと薄く笑って頷く。窓に映った二人が笑っているのが気恥ずかしくなり朝も好きだけどと口を開いた。夜は独りの象徴だ。朝はそれが終わる象徴。前者は綾時と培ったもので、後者は最近の成果だ。朝方の冷やりとした、人を拒絶するような空気、それを暖める陽射しは好ましい。


「じゃあ昼は?」

「眠い」

「それじゃ答えになってないじゃない。君らしいけど」


「綾時はどっちなんだ」

「んー。嫌いじゃないよ?」

「俺よりひどいな」

「そう?」


停車したモノレールの扉を潜り、綾時の手を引きながら素っ気ない改札を通り抜け坂を下る。
駅は高台にあるから、すぐ下には太陽光を反射する光が目にちらつく。それに笑みを深くした綾時が雑に舗装された道に急ぐように足を踏み出した。




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