はなし3

□ほたる
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死んだら何も残らない。思い出も遺品も遺体も意味がない。それは寂しいと言う人が多いけれど、こういう行為には利点ばかりだと思う。
いくら恥ずかしかろうと、いくら辛かろうと、その人がいなくなればその記憶も消える。そして、ぼんやりと、どちらかが近いうちにいなくなる気がしていたから余計に。考える時間はそれだけ無為に過ぎる。無為に過ごすくらいなら好きに過ごせばいい。
どちらともなく体を寄せて、時間が空いたら会うというぼやけた関係はそうやって出来上がった。

言葉もない。行為は恋人同士のそれの様だけれど確証はない。お互いそれで成り立っているので問題はなく、今日も今日とて職権乱用としか思えない通信で空いた時間を伝えられて気が向いたためにクラサメの自由に使えるらしい予備室に向かった。


連絡を寄越したのはあちらのくせ、部屋には誰もいない。仕方なく本棚に囲まれた机の椅子に座り、読みかけらしい伏せられたハードカバーを手に取った。脇に避けられていたしおりを挟み、最初からページを捲る。知っている内容に、あれ、と首を傾げる。てっきり古魔法や道具の使い方だとかの本だと思っていたのにこれは少し前に読破した覚えのある小説だ。表紙を確認してやっぱりと思う。そっけない表紙の、冷めた結末ばかりの寓話集。この前面白かったと言ったのを覚えていたのだろうか。
本を避けて、机に突っ伏した。なんだか無性に恥ずかしい。
頬を机に押し付けたまま、気を紛らわせるために今度こそ魔法理論の本を手に取り開いた。誰のとも知れない書き込みが遠慮がちに入っていて、これも誰かの遺品だろうかと考える。愚痴のような書き込みは人間臭く的を射ていて、淡々とした本文と真逆で面白い。夢中になって読むうちに周りが見えなくなっていたらしい。


「こら、何をしている」


ばさり、と、音の割には痛みのない紙束で叩かれる。
ドアが開くのにも気付かなかったのは0組としてどうだろう。まあ、相手が現役の軍人だから、という言い訳は出来なくもないだろうが。
机を挟んで本を奪われると、紙の束を置いたクラサメがぱらぱらと本を捲り眉をひそめた。マスクをつけているために表情を読む材料は目しかない。


「随分古い資料を読んでいるな」

「置いていたのはあんただろ」

「そうだな、その本は実用的ではないから進められない」


肩を竦めたクラサメは本をこちらに渡し、マスクとコートを脱ぎ軽装になる。再びページを開き書き込みだけを目で追うと、筆跡が違う箇所を見つけた。最初のものよりも筆圧が薄く、丸みを帯びている。もしかして、女性だろうか。
ページを捲って行くうち、あれ、と思う。丸い筆跡の人物の書き込みが増え、後半はその人物のものしかなくなっている。皮肉屋の前者はもう登場しない。最後の真っ白いページにだけ、イニシャルのようなものがあるばかりだ。角ばったイニシャルのすぐ下には、丸い筆跡で一言添えてある。ああ、これは、この本は。
ふたりのための墓標なのだ。


「どうした?エース」

「何でもない」


クラサメが読んでいた寓話集の上に本を重ね、背後に回っていた彼に腕を差し伸ばす。素顔を晒した顔が下りてきて、甘噛みにしては強く鼻を噛んだ。



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