はなし3
□宙吊りの大きな魚
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ひとつ
君は「仕方ない」が口癖だった。
何をされようと文句も言わず、何をさせられようとただこなしていく。
仕方ないのだそうだ。人間ではないから何を要求されても仕方ない、何を言われても仕方ない。ただ音楽だけは、シンジ君に近付くために習わされたくせ気に入ったようで、仕方なくではなく好んで取りかかる。
全て受け入れていた。体の年齢にそぐわない、老いぼれた諦めのようだった。
「本当、いつ見ても君は綺麗だなあ」
「何も出ませんよ、ああ、所持品が無いという意味ですが。言葉は嬉しい」
にこり、と笑う少年はガラスの筒に入ったまま声を出す。正確にはガラスの振動らしいが、会話は成り立てばいいのだ。目を見て話せば読み取れるものはたくさんある。
全裸の少年を前にコーヒーを啜る趣味はないので、温くなり始めたカップをその辺の棚に置いた。ゼーレは気が利くようで利かないというか、気遣いなどする気がないのか……ともかく渡されるコーヒーには数えるほどしか口を付けたことはない。
「飲まないのですか?」
「君が飲まないのに俺だけ飲んじゃあ悪いよ」
「僕は構いませんよ」
「ここだけの話、ここのコーヒーの味が好かなくてね」
言葉のまま受け取ったのかは怪しいが納得したらしい彼に手を伸ばす。筒が開いたため服が濡れたが無視して、漂うのを止めて降りてきた彼の手を取った。
カヲルが笑う。懐いたばかりの子どものように。
「お茶でも飲みに行こうか。ここじゃなくてさ、近くに紅茶の旨い店を見つけたんだ」
「まるで会瀬ですね。借りた本にあった」
「これはデートの誘いだよ」
空調が異様に効いているため震えはじめた体を抱き寄せて、体を拭いてやろうとタオルを探したが見当たらなかった。やはりゼーレは気が利かない。