はなし3

□夜のない町
1ページ/2ページ


僕には天使が憑いている。らしい。
天使本人の言葉を鵜呑みにすればそうなる。

自称天使は、時折僕の日常に表れた。自室で曲を聴いて丸まって居るときや下校時、両親が仕事で居ない日、ひとりきりのときを狙うかのように表れては消えた。
表れるたび、怖いと思い、去るたび、寂しいと感じた。幻覚だろうかと疑ったこともあるが触感もあった。僕はいつからこの天使を知っているのか覚えていない。

ひとり、放課後の図書室のプリンターを働かせる。ネットで見つけた楽譜は枚数が多く、ガタが来ているプリンターではまだ時間が掛かりそうだった。司書は職員会議に出ていて居ない。本当にひとりだけだった。


「それ、楽譜だろ?何の曲だい?」


静かに問いかける声に、四季の春だと答える。
自称天使がいつ出てくるのか、なんて分からないはずなのに、今日は動揺せずに答えられた。


「ねえ、こっちは?」

「ノクターン。チェロのソロでも出来るかと思って」

「それは楽しみだな」

「君が居たら緊張して弾けなくなっちゃうよ」

「シンジ君はいつもひとりの時ばかりチェロを弾いているから?」

「君がすぐに来るけどね」

否定も肯定もせずに、窓にもたれて立っていた天使が僕の方へと歩みを進める。
彼はいつも笑っている。作り笑いとか、愛想笑いだとかじゃなく、どの感情かは知らないが僕の前では微笑んでいる。今日も笑いながら、楽譜をまとめて確認するのを横から眺めてくる。


「今日はあのふたりとは帰らないのかい?」

「今日はいいんだ、ふたりとも用事あるみたいだし」

「ふうん」


楽譜を奪われ、ぱらぱらとめくった天使は僕の腕を掴む。え、と戸惑っていると、そのまま僕の鞄まで掴みずんずん歩く。


「今日は校舎が静かだね。音楽室に行っても誰も居ないよ。きっと」

「でも、パソコンは?」

「大丈夫、電源落としたよ」

「それにテスト期間中なのに……」

「少しくらい大目にみてもらえるよ」


でも、と逃げ道を探したけれど、有効なものが見つからないうちに音楽準備室に着いた。鍵が掛かっているはずだけれど、引き戸はむしろいつもより軽そうに開いた。
まあ、自称天使が味方している分には悪いことが起きる気はしない、かもしれない。
あれよあれよという間にチェロを渡され、音楽室に移動し、楽譜を読んでいる。流されているのは分かるが、どうせ流されるのに慣れている。

次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ