はなし

□ただの春
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人の身を得て、三度目の冬だ。 一度目、顕現したばかりは鋼の身より堪えないことが真新しくて、やたらと雪に触れては冷えた手を弟に叱られた。笑う審神者が僕に付き合うように外で雪うさぎを作って、名前も顔も覚えられていない短刀たちまでも外に出て構ってきた。それでも古い刀だからと遠巻きにされていたのだと知ったのはずっと後で、早々に打ち解けられたのは僕たちを止めるどころか率先して雪遊びを教えてくれた主のお陰らしい。それだというのに人との対話に慣れない僕は主を軽んじていたところがあって、どうせ持ち主なんてすぐに移るものだと考えてのらりくらりと彼女との接し方を流してきた。雪遊びなんぞ一緒にしておいてとは思うが刀を振るったこともない、戦場に立ったこともない、男もいない娘に出来ることはたかが知れていると、けれどもそれを自覚もせずに過ごしてきた。
特筆することはない。ただただ、同じ屋根の下で一緒に過ごして、彼女の指示を他の刀のように受けて戦い、彼女に癒してもらっていただけだ。それだけなのに己の意識は鋼から人のものになっていて、こうして雪を踏みしめる間にも去年や一昨年のように彼女が現れて雪遊びにでも誘ってくれやしないかと期待する。
ああ、僕はすっかり人になってしまった。彼女のせいで。

「兄者」
「ああ、えーと、おまる。どうしたんだい?冷えてしまうよ?」
「膝丸だ兄者。それに、冷えるのは兄者も同じだろう」
「うーん、じゃあこうしよう。今日は少し早めに風呂に入ろうか」

むにゃむにゃと言葉を飲み込んだ弟が、妥協するように頷いて僕の横にしゃがんだ。懐かしいと感じるところは同じらしい。
晴れて青いくせにちらつく雪の中、木と塀で吹き溜まりのように雪の深いそこは、まだ誰にも踏まれず柔らかいままだ。雪うさぎの材料にちょうど良さそうに。

「凍えると手の感覚が消えて体が勝手に震え出すなんて、そんなのも知らなかったから顕現してすぐに折れちゃうんじゃないかってびっくりしたなあ」
「ああ、あれは恐ろしかった。その後の風呂は拷問だったな、兄者」
「心地いものだって聞いてたのにあれだからねえ。しばらく人間とは分かり合えないのかと思ってたや 」

人間臭く思い出話なんてしながら、素手で掬った雪を握り込んで丸みを帯びた形に固める。耳は椿の葉、髭は松の葉、目はどうしようか。赤いものでなければ格好がつかないのだが、去年はどうしたんだったか。

「南天なら勝手口のそばですよ」
「ああ主、書類は提出したのか」
「うっ……こ、声が聞こえたものですから」
「したのか」
「……あと一枚です」
「まあ、いいじゃない。息抜きだって大事だよ」

ぽそぽそと雪を蹴るように歩んでいた足が、弟を避けるように迂回して僕のそばに落ち着く。懐かしいと笑う様子に諦めたのか、弟も主も同じように雪に手を突っ込んで迷いのない手つきで整えだした。

「懐かしいですねぇ。お二方を迎えられた時もこうやって雪うさぎ作りましたね」
「兄者が世話をかけたな。まさか戦に行くより雪に触れるのが先だとは思わなかった」
「えー、君だって楽しそうだったじゃない、えーと、暇丸」
「膝だ兄者」
「お気になさらないでください。私も雪遊び好きですし、あんまりしたことなくてこの景観にしてすぐ似たようなもんでしたから」
「そっか。主は雪遊び好きなんだ」
「……改めて言われるとなんだか気恥しいですが」
「僕も好きなんだ、雪遊び」
「俺も好きだぞ兄者」
「告白大会ですかこれ」

しんしん降る雪のせいか、三人で肩を寄せあって、短刀の内緒話のように潜めて話す。聞き取れないと笑いながらうさぎを二組拵えて、南天を見繕ってくると言って弟が立ち上がって去るのに合わせてようやく腰を上げた。

「ああー、腰が、すんごい鳴ってます」
「ふふ、お婆さんみたいだねえ」
「し、職業病であって歳では、ない!です、よ!」
「そうだねえ。まだ老けちゃだめだよ。もっともっと僕の主やっててもらわなきゃね」

反抗心むき出しの声に笑いながら、彼女の乱れた髪を肌に触れないよう注意しながら整えてやる。雪あかりでも分かる、寒さでか赤らんだ顔が可愛らしくて、一年前はこれすらも見逃していたのかと思うと不思議な心地だ。

「あの、」

ゆら、と揺れて彼女の前で組まれた手も赤く、ああまでなっては寒さで痛いくらいだろうと経験から推し量り憂う。

「寒いですね」
「そうだね」
「膝丸、あ、弟さん、遅いですね」
「うーん、大きさを揃えるのに時間が掛かっているのかな」
「ああ、ありそうです。こだわったら長いですものね」

主はくすくす笑って、三人では生まれなかった間を埋めるように盆に乗った雪うさぎの形を整える。小さいのがふたつ、やたらと大きなのとでこぼこしたのがひとつずつ。番のような様子の四羽にまでもやりとする気持ちを抱きつつ、彼女の首筋を眺めた。いつもより厚着をしているくせ、首筋ばかりは無防備に外気に晒されているのをどうにかしてやりたいと思うが、手で触れても寒がらせるだけだろうと苦笑する。素手で雪を触って、こうして後悔するのも二度目だ。

「寒いですか?」

思わず擦って温めていたのを見咎められ、これでは気を引きたいかのようだと苦笑いながら大丈夫だと応える。手が赤い、と呟くように言う彼女の手も赤く、これなら彼女の手から熱を奪うこともなさそうだと下心で手を伸ばす。触れた手は思っていた通り僕と同じかそれ以上に冷えていて、摩っても熱が戻る気配がない。
ひくりと小さく揺れる手が拒否か緊張かも見分けられない。一年もこうしているのに。体を得てそばで過ごしてきたというのに、触れているのが嫌なのか、許されていないのか、恐れられているのか。刃として怖がらせいているのか、男として恐れられているのか。きっとどれであっても僕は悲しくなってしまうのだ、人間くさく細かなことで。
その手をたらりと垂れたままにして、早くも暮れてきた空を見上げながら彼女がほうと見とれたような息をする。

「今度は手袋をして、マフラーも耳あてもつけて作りましょうね。私まだ手の感覚がないです」
「そうなの?じゃあ、これも分からない?」
「ふふふ、分からないです、あったかそうですけど」

両手で彼女の手を挟んで、潰してはしまわないように握り込んで見せても彼女に振り払うような素振りはなくて、思う存分揉み込んでも嫌がるそぶりもなく笑ってくれる。はじめて用もなく触れた手は冷えているけれども柔らかく、こちらもふふふと笑が漏れる。

「髭切、この一年でずいぶん変わりましたよね。楽しそうです」
「うーん、自分じゃ分からないや。でもきっと君がそういうんだから楽しいんだろうな」
「前だったら適当に頷いてましたよ、そこ」
「そうかな」
「そうですよ。絶対嫌われてるか避けられてるかしてると思ってました」
「持ち主を嫌う刀なんていないさ」
「じゃあ好きですか?」
「雪も君も好きだよ」
「兄者、主、南天を採ってきたぞ」
「ええー、今来ちゃうのかい南天丸」
「膝だ兄者」

ぱっと繋いでいた手が放られて、それが寒く思えてようやくお互いの手があたたまっていたことを知った。
南天を見分するふたりを遠巻きに眺めながら、来年のことを考える。雪うさぎは上達しているだろうか、また一緒に雪空で作れるだろうか、もっと、触れられるだろうか。
そばにいることを、梅の花が咲いたと指差して教えることを許されているだろうか。



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