Short Novel
□朱いサクラ
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夜になる。
闇が支配し、邪悪なものが動き出す。
ね、待っていて?
やっと見つけた、愛しいヒト。
その首筋が朱く染まるのが見たい。
朱いサクラ
暗闇に宝石が煌めく。
アメジストが、いっそう艶を帯びる。
―――ぐじゅぅう‥る
ドサッと空っぽになった躯が床に転がった。血の気が失くなった首筋には、ポッカリと小さな穴が二つ。そして、ドクドクと、血が滴っていた。
「…まずい」
『美女』をと、所望したはずなのに、美味しくない。酸化してしまったワインをのんでいるように感じる。床に倒れ、躯中から血が失くなってしまった死体を蹴り上げる。
「……キラ様」
影からスゥと現れた執事を、アメジストの瞳を持つキラは冷え切った声を出した。
「この死体、処分しといて。……最近、質が悪くなっている。しばらくは、僕が勝手に見つける」
「かしこまりました」
執事はそう告げると、死体を持ち上げ闇に姿を消した。キラは、椅子の背もたれに寄り掛かり、激しい餓えにたえる。喉が渇き、躯が疼く。血を、血を、と激しく訴えてくる。
「ッ………ハ」
血がほしい、極上の血が。
ヴァンパイア――太陽や十字架が苦手で、生き血を糧とする生き物。そして、支配者でもあった。古からニンゲンはヴァンパイアに支配され、生活してきた。見た目はニンゲンとほとんど同じなのに、ヴァンパイアの身体能力はニンゲンを遥かに上回り、頭脳も大差があった。ニンゲンは、賢いヴァンパイアに服従するをえなかったのだ。
そして、ヴァンパイアもヴァンパイアによって支配された。もちろん長い歴史の中には戦いがあった。ニンゲンが暴動を起こし、ヴァンパイアに剣を向ける。けれどヴァンパイアの何十倍の兵力を動員したとしても、敵うはずがなかった。いつしか、ニンゲンは戦うことを諦め、ヴァンパイアの支配に落ち着いていった。何千年も経てば、ヴァンパイアとニンゲンの混血種が生まれる。
混血であったとしても、貴きヴァンパイアの血をひいているのにはかわりない。混血種はニンゲンとは区別され、貴族と称された。
そしてヴァンパイアを支配してきたヴァンパイアは、なにも混ざっていない、汚れていない、古い血をもっているもの。
その一族はヴァンパイアの神のような存在で、“血”がわかる貴族は平伏す。
その一族の名はヤマト家。
生き残りは一人しかおらず、ヴァンパイア社会はその一人の消滅恐れている。彼のためなら、自らの命さえも捧げたいと思うほどだ。
彼の為に死ぬことは、名誉であり、この上ない幸せ。彼が飢え死にしないように血を差し出したり、躯を与え、彼の性を満たす。
彼さえ喜べば、彼さえ満足すれば、己も満足することができる。
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