Short Novel
□何も言わない、君へ
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『ららーらら、ららーら――』
狂い咲きの桜が咲き誇る中で、美しい歌を奏でる少女。名門、クライン女学院の制服を着こなすその少女は堂々としていて、美しい。
今までフラフラとしていた僕は、もともとクライン女学院からの話しがあったこともあり、クライン女学院の保健医として入った。
全ては、あの少女に会う為に。
何も言わない、君へ―――
クライン女学院の朝は、礼拝から始まる。
賛美歌を賛美し、教員の説教を聞き、最後は祈りを捧げる。創立100年以上のこの名門校の生徒は、静かに黙祷し、祈る。
朝に弱い僕は保健室で礼拝を見守りながら、欠伸が絶えない。体調が悪い生徒も、保健室で礼拝を受けている。が、みな爆睡。
保健医として、寝るわけにもいかない。
必死に意識を繋ぎとめ、礼拝が終わるのを待った。
「……保健医がそれでよろしいのかしら」
突然、爽やかな声がカーテンをひく音ともに聞こえた。朝から、ベッドを使い礼拝を堂々とサボるのは学院の生徒会長でもある、優秀なはずな生徒。
「クラインさん、またこんなところでサボってたの?君、生徒会長さんでしょ」
呆れたように言えば、彼女はいたって冷静に…かつ冷めた瞳で語った。
「生徒会長だなんて、…名前だけですわ。お父様が勝手にお決めになったこと―――真面目に行うほうが馬鹿です」
彼女は淡々に言うと、ベッドを綺麗に直していた。生徒会長こと、ラクス・クラインはクライン女学院理事長の娘でありクライン財閥のご令嬢。普通に育った僕に比べれば、彼女は雲の上のような存在。話す機会が与えられたのは、彼女が保健室によく来る為だ。
「今日はどーしましたかー」
至ってやる気がないのは、毎度の質問だからだ。記録しなくてはならないから、一応、理由を聞かなくてはならない。
「んー…生理痛?」
「それは、一週間前に使ったから、ダメ」
理由のネタが最近尽きかけているのか、彼女はめんどくさそうに考える。
「…なら、悪心にしといて下さいまし」
「はい、悪心ねー」
記録用紙にサラサラと書いて、彼女に渡す。一応、遅刻していないことを証明する為。
彼女は眉一つ動かさず、紙を受け取った。
彼女はそのまま入口のほうに歩いて行ったが、出る前に振り返った。
「……そういえば、“歌姫”は見つかったのですか?」
彼女は、僕がこの学院に来た理由を知っていた。桜の木の下で見つけた、歌姫のことを。
黒縁の眼鏡の奥から、藍色の瞳が僕を見つめていた。
「ぜーん、ぜん。さっぱり、どこにも、影すらも、見当たんない」
肩を竦めて言えば、君から興味がなさそうな返答が返ってきた。
「……まあ、頑張って下さいまし」
彼女はそれだけ言うと、保健室から去っていってしまった。
彼女もあんなにつんけんしていなかったら、可愛いはずなのに。いっつも、長い髪をピシッと結ってあって黒縁の眼鏡をかけている。
毎日、毎日、変わらない格好。
もったいない、そう思う。
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