月無夜

□月無夜
3ページ/7ページ








――グシャッ





肉が潰れた音。



痛みが広がっていいはずの胸にあるはずの染みは見られない。えぐり出されるはずだった心臓はドクドクと静かに脈打って、血液を送り出している。










あーあ。



また死にそこなったじゃない。やっぱり“彼”は今宵も死なせてくれないのね。







でも知っている。




“彼”はきっと死ぬよりも辛いことを、代わりにしてくれる。











「――何してるの?」




静かな声は、泣き出しそうになるくらい冷たくて、紫の瞳に呑まれて何も言えなくなってしまう。









――パンッ





乾いた音が夜の闇に響く。





痛みが左の頬に広がって、口内に血独特の鉄の味が広がった。








「…いったい何度いえば、止めてくれるの?」








「き、ら」









他の隊員たちが驚いているじゃないですか、キラのせいで。






仲間割れかと、騒いでいるのが聞こえてくる。





大丈夫ですよ、皆様方。







彼は残酷ですけれど、優しい方には違いないのですから。









「もう二度と言わせないで」




キラが近づいてくる。






このまま呼吸を遮って、窒息させてほしい。彼の舌が生き物みたいに暴れ回っている。







そのまま食い殺してくれればいいのに。








「っ、は」






でもやっぱり死なせてはくれなくて。軽い酸欠で目の前の景色が揺らいで、霞んで、立っていられなくなってしまう。





意識を失う直前に細身だけれど逞しい腕に強引に引き寄せられる。朦朧とする中、冷たかった瞳が、辛そうに揺れていたけれど気付かないふりをして、意識を手放した。




彼の瞳に気付いたのを認めてしまえば甘えてしまうから。






死だけを望んでいればいい。




ほかを望んではならない。













「…いなく、ならないで――愛してるんだ…“ラクス"」










.
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ